アルフリーダは、気力を振り絞り、勝ち気な笑みを浮かべて答えました。 「リアクティブ・アーマーを着ていたのよ」 リアクティブ・アーマーは、外装の下に火薬を仕込み、爆発を受けたら、こちらも爆発し返して、その衝撃で外装を飛ばし、それによって攻撃を、ある程度、減殺(げんさい)する装甲です。しかしその性質上、直下(ちょっか)や正面からの攻撃には充分な効力は望めません。特に今回のように、外装がはじけ飛ぶ距離が、それほど稼げない場合、仕込んだ火薬の爆発力も自身に加算される怖れの方が強いのです。 まさに、イチかバチかの賭けでした。どんな装備が必要になるか分からないので、一応、申請しておきましたが、当たったようです。 よろけながら立ち上がり、アルフリーダは後ろ手で窓を開けます。 静かでした。どこかでフクロウが鳴いています。森が近いのでしょうか? そんな「森」など、近くにはなかったはずですが、城の敷地はそれなりに樹木に囲まれています。それに気にしている余裕はありません。とにかく、今は撤退を。 そう思いますが、体の自由が痛みとダメージで、思うように利きません。 それでも、なんとか、窓枠に背中を預けたとき。 「お待ち」 王妃が言いました。その表情は、先刻までと違い、穏やかです。 「気に入ったよ。あんたのようなクソ度胸を持った娘、ネズミにしとくのは、惜しい。どうだい、ここで、本格的に花嫁修業するのは? 王子も、あんたのことを気に入ってるようだし」 「……どういう意味?」 「言ったろう、気に入ったって。それにあんたが、どういう暮らしをしてたのか、わからないけど。ここなら、贅沢のし放題だよ?」 その言葉にアルフリーダは、焼け焦げてはいますが、豪華な寝台を見ました。そして、部屋の中も見回します。 組織にいても、いつ「上」に上がれることか、わかりません。ならば、確実に手に届くところにあるものを掴んだ方がいいのではないか? しかし、同時に、こうも思いました。 帰還せず、ここに留まれば、組織を裏切ったと思われ、粛清(しまつ)の対象になる。 ならば、王妃に取り入った、と報告すれば、潜入調査に成功した、と思わせることが出来るのではないか? 調査がはかどらないことにすれば、しばらくここで贅沢な生活を送ることが出来る。 そのあとのことは、また考えよう。 アルフリーダは、ニヤリとして、王妃に言いました。 「アルフリーダよ、あたしの本当の名前。よろしくね、お義母(かあ)様」 どこかでフクロウが鳴いています。 とても静かな夜でした。
そして二週間後の、ある朝。 傷も癒え、お城の裏庭で日課の散歩をしていたアルフリーダが、冷たくなっているのが発見されました。死因はよくわかりませんが、侍医の所見では「心室細動が一番近い」とのこと。 この不審な死を遂げた城内の御遺体は、王子の最初の后から数えて、最近、雇い入れた侍女、今回と、三人目になるということで、「悪魔の仕業では」ということになり、次の日、教区の大司教による、酒肉や歌舞音曲、公娼、私娼すら交えた「ミサ」が、盛大に執り行われたそうです。 その「ミサ」が行われていた夜。 お城の庭で、フクロウの哀しげな、なき声を、たくさんの人が聞いたということです。 城内とは対照的に、城外はとても静かな、……静かな夜でした。
(エンドウ豆の上に寝たお姫様の物語。・了)
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