教皇庁の大聖堂にて。 椅子に座った教皇ネロの、前方十ファゾム(約十八メートル)ほどのところで、アレッサンドロ枢機卿は跪いています。左右はそれぞれ三人ずつの僧兵に固められていました。 ネロの横に立つファウストは、アレッサンドロを見ながら言いました。 「教皇庁の財産を不正に処分したこと、明々白々である。何か、申し開きはあるか?」 アレッサンドロは黙ったままです。なので、あの少女から渡された手紙を元に、改めて財産目録や決算書類をチェックして掴んだ、確実な証拠をを突きつけると、アレッサンドロは顔をしかめ、うつむきます。 それを見たネロが、威厳ある声で言いました。 「お前の罪は、それだけではあるまい、悪魔崇拝者(サタニスト)の背教者めが!」 アレッサンドロが顔を上げ、きょとんとします。その周囲に、また二人、近づきました。それは、異端審問官。 「お、お待ちください!」 と、慌てたようにアレッサンドロが立ち上がろうとして、僧兵に肩を押されて、再び跪きました。 「何を仰っているのか、わかりません!」 ファウストが叱責しました。 「見苦しいぞ、アレッサンドロ!」 ファウストはメダルやリストを出します。 「お前の私物より見つかったコレ、悪魔崇拝の証拠でなくて、なんであるか!!」 アレッサンドロが目も口も、これ以上ないほど開いて、叫びました。 「違うのです、違うのです!! それは、私のものではありません!! ヴァレリアーノ卿のものなのです!!」 ネロが目つきを険しくします。 「ほう? ヴァレリアーノ卿といえば、お前と、水面下で『政争』を繰り広げている『政敵』だな? なるほど、己だけが処断されてたまるか、政敵を道連れにしてやる、ということか」 「違うのです、違うのです! それは本当に、ヴァレリアーノの物なのです!! 告解(こっかい)いたします! 私はそれを使って、ヴァレリアーノを失脚させようと致しました! ですが、それは本当にヴァレリアーノの罪なのです!!」 「……引っ立てなさい」 ネロが威厳ある声でそう言うと、僧兵がアレッサンドロの脇の下に手を回して立たせ、引きずっていきました。 しかし、それをふりほどき、アレッサンドロが駆け寄ってきます。 「猊下、信じてください! 本当に違うのです! 私ではないのです!! 私は、神の忠実な僕(しもべ)、子羊を導くべく、身も心も神に捧げた、宗教者なのです!!」 「正義は、為されるのだ。悪魔崇拝者には、火の裁きを」 顔を真っ青にしたアレッサンドロは、僧兵たちに引きずられていきました。ですが、また、その腕をふりほどき「信じてください! 私の話を聞いてください!!」と、何度も何度も叫びます。 大聖堂を出るまで、そんなやりとりが続きました。 アレッサンドロが大聖堂を出たあと、ファウストはネロに一礼しました。 「お疲れ様でした」 そして顔を上げると、ネロは口元に笑みを浮かべています。それは、安堵の笑みではなく、上弦の三日月のような、笑みでした。そして、椅子の手すりをさすりながら、ネロは言いました。 「これで、邪魔者はいなくなった。私の地位も安泰だ。……この椅子は、実に座り心地がいい」 そして、ふと、ファウストのいる方とは、逆の方を見ます。つられてファウストもそちらを見ます。そこにいたのは、ヴァレリアーノ枢機卿。ヴァレリアーノ卿もニヤリとして、ネロに深々と礼をします。 「これからも『いろいろ』と頼むよ、ヴァレリアーノ卿」 そう言うと、チラ、とファウストを見て、言いました。 「ファウスト卿、君が『賢明』であることを、切に願うよ。……君自身のためにも」 そしてまた笑みを浮かべます。 一礼しながら、ファウストは思いました。 この笑みをこそ、悪魔のほくそ笑みというのだろう、と。
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