ストランドバリ候ヨアキムが幽閉されている部屋には、高いところに明かり取りがあります。そこから差し込む光からすると、もう夕方。 「私はどうなってもいい! だから、どうか妻と娘……娘のマルグリットには、手を出さないで欲しい!」 王妃にそう懇願しましたが、王妃の邪悪な笑い顔を見る限り、どんなひどい目に遭わされているか。 「マルグリット……」 娘の身を案じ、高い天井を見たとき、扉の鍵が外され、鉄扉が開きました。食事はいつも、小窓から。いったい何事か、と思ってそちらを見ると、そこにいたのは、両手に白い手袋をはめた、十七、八歳程度の少女。 「君は、……確か、シュヴァルベ。いったい、こんなところで、何を?」 訳がわかりません。かつて雇っていたメイドの少女が、どうしてこんなところにいるのでしょう? 「ヨアキム様、ここから出るッス」 シュヴァルベが笑顔で、言います。 「出るって……。そうか、私を処刑するのか……」 「なぁに言ってるンスか! そうじゃなくて!」 笑いながら言う少女に従って、外に出ます。牢番なのでしょう、二人ほど、伸びていました。 「……何をやったのかね、君は?」 「ちょいと、眠ってもらってるッス」 そして、そのまま、進みます。どうやら、行く先は謁見の間のようです。
謁見の間に着くと、そこには、王妃、侍従長、十数人の騎士、そしてもう一人。 「……ジャックくん。君までいるのか。いったい、何が……?」 呟いたとき、王妃が凄まじい顔でヨアキムとジャックを見ました。 「これは、どういうことだい、ジャック!? 組織を潰せるから、もう一押しの手助けが欲しい、そう言うからここへ来たのに、何故、その田舎貴族を!?」 ジャックがニヤリとして言いました。 「ヨアキム様、あなたが辺境へと追いやられてしまったきっかけ、もう一度、お話しください」 一度、辺りを見渡しました。騎士たちが、何事か、とヨアキムを見ています。どうしようか、とジャックを見ると、ジャックが頷きました。 それで決意を固め、ヨアキムは口を開きました。 「ことは、十五年前に遡る。当時、国王は、エーケンの北にある、平原に住まう異民族討伐の勅令を宣布なされた。そこで、私は、情報収集をした。国王は異民族たちが、我が国に侵入するという情報を信じておいでだったから、もしそれが本当なら、その背後にいて武力援助をするだろう、国について、調べねばならぬ。場合によっては、他国との戦にまで、発展する怖れがあったからな。だが、それでわかったことは、そんな国などなく、それどころか、異民族侵攻の動きすらない、ということだった」 王妃の顔が歪みます。 「そして、さらに調べていて、わかったことがあった。彼らは異民族ではない。かつて、この王国が生まれる前に存在した、帝国の帝室、及び臣下の子孫だということがわかったのだ」 騎士たちがザワつきます。 「私は陛下にそのことを奏上した。だが、聞き入れてはもらえなかった。異民族侵攻の話は、何世代も前からあったから、半ば、強迫観念に囚われておいでだったのだろう。そして、挙兵され、異民族討伐が行われた」 騎士の中に、その時のことを知っている者がいるらしく、数人の騎士の質問に答えていました。 「あとから思えば、『異民族侵攻の懸念』は、『旧帝国軍による逆襲』に対する懸念だったのだろう。根深く、その思いだけが伝えられてきたのだ」 そして、いったん、息を止めます。この先を話すには、少々、覚悟が必要でした。
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