粛清者の拳が雷電を放ち、それがアンネの胸に撃ち込まれようとしたとき、まさに命の危機に瀕した者のみが持つ、絶妙なタイミングで彼女は炎を放ちました。 苦鳴を上げ、粛清者が五ジャーマンエル(約二メートル)ほど飛び去ります。 粛清者の上半身の服が焼け、左の上半身に火傷が出来ていました。ですが、この場でひるむような粛清者ではありません。すぐさま、ステップを踏んで右の拳を撃ち込んできます。 アンネは念動力を発動させ、粛清者の動きを封じました。 「! ……そうか、あの時、私の身体の動きを封じたのは、お前だったか。父や私は、自分を浮かせる、という方向に念動力が目覚めたが、お前は、他者を縛(いまし)める、という方へと、働くのだな。……だが、同時に二つの力は使えぬようだ」 その通りでした。粛清者の動きを封じるので精一杯で、とても同時に火炎を発することなど、出来ません。それに。 「……ぐ……!」 思わず、アンネは呻きました。粛清者が自身の念動力を行使しているらしく、浮かび上がろうとする力場が生まれています。それが結果的に、アンネの力を相殺(そうさい)していきました。 そして、ついに二つの念動力が拮抗し、その瞬間に爆ぜて消滅しました。 粛清者が気合い……いいえ、咆哮とともに向かってきます。そして、アンネも吠えながら右の掌底を撃ち出しました。 ゴムを巻いた左腕で粛清者の右拳をガードしましたが、押し負けて払いのけられ、確実にその拳がアンネの胸を捉えようとしたとき! 「燃えろォォォォッ!」 アンネは吠えながら、火炎の念を放ちました。 ほんの一瞬……粛清者の拳が、アンネの左腕を押しのける、その一瞬が勝負を決めました。粛清者の拳より早く、アンネの掌底が粛清者の胸を撃ち、そこから内部の心臓へと、炎を送り込んだのです。 人間が発したとは思えないような絶叫とともに、粛清者が大量に血を吐きました。さらに、アンネの掌底を中心として、粛清者の胸がみるみる赤黒くなっていきます。心臓血(しんぞうけつ)が沸騰して血管を破り、体内にあふれていくのです。 よろけ、後ずさり、粛清者は、仰向けに倒れました。そして、何かを言いました。それがアンネには、このように聞こえました。 「……アルフリーダ、君は私を、迎えてくれるだろうか……?」 そして、動かなくなりました。 彼の体から漂う、焦げ臭いニオイが立ちこめる中、アンネは言いました。 「さよなら、兄さん。……最後に口にした名前が、家族の名前じゃないなんて、あなた、家族のことなんか……」 そして、気力が切れ、アンネも仰向けに倒れました。高くなりつつある陽の光を受けながら、アンネは青空を見て呟きました。 「これで、私、本当のひとりぼっちか……」 ふと、ヘンゼルやグレーテルたちの顔が脳裏に浮かびます。 「家族にしてくれるかなあ……」 どこかで鳥が、のんきにさえずる声が聞こえました。
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