その日も、王都にあるエレオノーラの店は繁盛していました。 彼女は、仕立屋。この国で一番、とまでは思っていませんが、それでも、二十三歳の若さで王都・五本指に入るとの自負は持っています。 「エレオノーラ、あなたに素敵なコタルディを仕立てて欲しいの」 「かしこまりました、フロイライン・モニカ」 貴族の女性で、お得意さまのモニカに、恭しく礼をしながら、エレオノーラはメジャーを当てます。 「そういえば、こんな話をご存じかしら、エレオノーラ?」 「なんでございましょう?」 モニカがちょっとだけ薄い笑いを浮かべます。 「この間、お城に迎えられた、王子様のお后候補の娘、……なんといったかしら? ……そうそう、シンデレラ、とかいったかな? その娘、死んだんですって」 「……え?」 モニカは変わらぬ薄い笑みで言いました。 「よくわからないけれど、朝、死んでたんですって。もう十日以上も前のことらしいわ。箝口令(かんこうれい)が敷かれていたみたい。……これでお后探しは振り出しだわ」 そう言って、モニカは、くぐもった声で笑いました。しかし、それはすぐに高笑いになります。 「ふふん、所詮は下賤な娘、分というものをわきまえなかった天罰だわ!」 「……そうで、ございますか」 モニカは上気したような表情で続けます。 「やはり、王子様にふさわしいのは、この私、サンダール伯ニクラウスの娘、モニカよ!」 それを聞きながら、エレオノーラはもくもくと作業を続けました。
一日の仕事を終え、エレオノーラは自宅に帰りました。すると。 「……誰か、いる!」 辺りは夕闇、部屋の中も、木製の窓が閉めてありますが、明かりなど点っていないことは、わかります。にもかかわらず、屋内に何者かが侵入しているのが、わかるのです。 エレオノーラは正面の扉の上に、本来あるはずの鈴が、地面に落ちているのを確認します。実は、家の裏口には、ある「仕掛け」があったのです。もし裏口の戸を外部から引き開ければ、戸に繋がれた糸が引っ張られ、滑車が回り、その先で、正面の扉の上の壁に仕掛けられた鈴が引っ張られます。その鈴の近くの壁には、小さな刃物が仕込んであり、その刃物によって糸が切断されて、鈴が地面に落ちるのです。もう十年も前、まだ組織がちゃんとした組織としての体(てい)をなす前に、姉と慕う女性……「糸使い」という通り名がありました……から教わった、簡易な侵入者検知システムでした。
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