ファティカンにある教皇庁。そこにある大聖堂では、まだ夜も明けきらぬ時間、教皇以下、枢機卿や司教たちによる、お祈りが捧げられていました。聖典に記された詩篇を奏し、聖歌を歌って、神の御心と愛をたたえます。 やがて、お祈りも終わり、銘銘があてがわれた部屋に戻ります。ファウスト枢機卿は、自分の部屋に入った瞬間、何者かが背後に立つのを感じました。振り返ろうとすると。 「じっとしててくれ。あと、大声も立てるなよ?」 少女らしき声とともに、喉元にヒンヤリとした感触。おそらくダガーでしょう。 「おとなしくしてくれてたら、手荒なまねはしない」 「なるほど。相手の背後から、喉元に刃物を当てて脅すのは、手荒なことではないのだね、君にとって?」 皮肉ってやりますが、返答はありません。 その時、また気配が現れました。見ると、十七、八歳ぐらいの少女。聡明な顔つきをしています。 「非礼をお詫びします、ファウスト枢機卿。ですが、このような形でないと、お話しできないと思いましたので。……私の分析では、教皇庁の中において、あなたが一番、良識をお持ちで、信頼できるお方だということになりましたので、お時間をいただきに参りました」 そして、片膝をつき、出し抜けに少女が言いました。 「枢機卿、もう十年以上も前から教皇庁の財産が不正に処分されておりますが、ご存じでしょうか?」 「……数年前から、おかしな動きに気づいていたが。決算書類も財産目録にも、不正の証拠はない、と聞いている」 「その報告をしたのは?」 「アレッサンドロ枢機卿だが? それが、何か?」 少女がファウストの目の奥を見るように言いました。 「その者こそが、不正の主(ぬし)でございます」 「……なに?」 思いも寄らぬ言葉でした。少女がファウストの目を覗くような視線を投げてきたのは、彼の心の動きを見透かすためだったのでしょうか? 「これを」 と、少女が手紙らしき紙の束を差し出しました。かなり古そうです。 「それは?」 それを見ると、少女が答えました。 「アレッサンドロ枢機卿が、まだ司教だった頃、グレート・ブリテンにいる、ある大商人と取り交わした、念書と書簡でございます」 それを受け取ると少女が話し始めました。
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