「さて、と」 と、ヘンリケは、夜遅く、宿舎の部屋を抜け出しました。 「ちょっと事情が変わっちゃったなあ」 そう呟き、持参した荷物(アレッサンドロ枢機卿の推薦状を持っている、ということで、ノーチェックでした)を手に、宿舎を抜け出します。満月ではありませんでしたが、月明かりの照る、明るい夜でした。外を出歩いているのは、ヘンリケだけ。もう夜更けです。みな、寝静まった頃でした。 ただ、誰が、ヘンリケのことを見ているかわかりません。彼女は周囲を見渡し、まず、建物の窓から明かりが漏れていないか、確認します。宿舎の方は、明かりが消えているようですが、だからといって、誰かが外を見ていないとは言えません。この月明かりのもと、外の景色を眺め、月光浴に身を浸している者もいることでしょう。 また、大聖堂の方は、いくつかの窓から明かりが漏れてきています。起きている者が多数いる、ということ。この建物群には、だいたい六十人ほどがいるようです。 用心しながら中庭を歩き、南砦へと向かいます。ですが。 「? なに、あれ?」 宿舎の南側、エージェントの卵たちが使う、習練場の外に、二つの影があります。しかし一つは、もう一つに気がついていない様子。どうにも妙な様子だと、思ったとき。 「……!?」 もう一つの影が一つに忍びより、重なりました。次の瞬間! 一つの影が倒れました。そして、もう一つは習練場の方に駆けて行きました。 走り寄ると、そこに倒れていたのは。 「! エステル、エステル!?」 その影……エステルを抱き起こすと、彼女がかすかに目を開きます。 「……ああ、ヘンリケ……。あたし、しりょう、を、わた……したら、ここで、まってろ、って……。……おか、しいな、とは、おも、ったんだけ、ど……。でも、せんぱ……いが、まってろ……って……」 「喋らないで!」 手当てをしようと思いましたが、両方の頸動脈が切断され、もはや止血は不可能でした。 「……ねえ、あた、し、……うえ、に……、いけ、る……か、な……」 エステルの瞳から輝きが消えました。
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