大聖堂の中央司令室に、ビルギッタはやってきました。 「お帰りなさいませ、ルーペルト様」 「うむ。私が隣国(りんごく)へ行っている、この十日ほどの間に、何かあったかね、ビルギッタくん?」 部屋にいるのは、五十がらみの恰幅(かっぷく)のいい男。ここの最高責任者のルーペルトです。窓を背に、無表情ながらも威厳ある声でのルーペルトの問いに、一礼してビルギッタは、一通の封筒を差し出しました。 「六日ほど前ですが、アレッサンドロ枢機卿、直々の推薦状を持った女が一人」 それを受け取ったルーペルトが文面に目を通すのを見ながら、ビルギッタは続けます。 「名前はヘンリケ。以前は、ブレンの地にて、修道女をしていたようです。ですが」 「『ですが』? なんだね、ビルギッタくん?」 ちら、と手紙から目を上げ、表情を変えず、ルーペルトは聞きました。 「はあ。なんと申しましょうか、グズでノロマで不器用。なぜにアレッサンドロ卿(きょう)は、このような者を、と思うような有様で……」 その言葉を、一度は、 「卿(きょう)には、何かお考えがおありなのだろう」 と、再び手紙に目を落として言ったルーペルトでしたが。 「ん?」 と、眉をひそめました。 「いかがなさいましたか?」 ビルギッタが問うと。 「……いや。気のせいかも知れん。少し確認が必要だ」 そして、机の上に手紙を置きます。それを確認して、ビルギッタは言いました。 「エステルですが」 「エステル? ……ああ、レンナルト修道院長が差し出した『贄(にえ)』か。彼女が何か?」 「そろそろエージェントの卵の、殺人の『練習台』にしてはいかがでしょうか? 進境(しんきょう)著(いちじる)しい者がおりますゆえ」 「そうか。有望な者が出てきたか。わかった。決裁書類を用意したまえ。サインして、アレッサンドロ卿に送る。もともと『そのため』に迎え入れたのだ、エステルも神に迎えられることだろう」 一礼し、頭を上げるとルーペルトが言いました。 「ところで」 「はい」 「例の調査結果の分析はどうなっている?」 まずい。咄嗟(とっさ)にそう思いました。何か、言い訳を、と思いましたが、正直に言うことにしました。 「申し訳ございません。まだ精確なアンサーは……。ですが、もうすぐ」 「君は私に言ったんだぞ、私が帰って来たときには、答が出ていると!」 ルーペルトが険しい目つきで言いました。萎縮していると、さらにルーペルトは言いました。 「組織を出奔(しゅっぽん)したカイくんの後任がつとまるから、と、君が言うから任せたのだ! 君は自信たっぷりに言ったではないか、任せろ、と!」 「申し訳ございません!」 ルーペルトの叱責に、すっかり縮み上がって、頭を下げていると、 「明日一日だ。もしそれで出来ないようだったら……」 そう言って、ルーペルトはビルギッタに背を向け、窓の外を見て、言いました。 「君の代わりなど、いくらでもいる」 全身が粟立つのを感じながら、ビルギッタはさらに深く頭を下げるのでした。
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