「いい加減にしなさいよ、ヘンリケ! あなた、ここに来て何日になると思ってるの!?」 今日も朝から、ヘンリケは先輩の、といっても、ずっと年下で、まだ十八歳のビルギッタに小言を食らっていました。 「すみません、先輩……」 うなだれると、ヘンリケは上目遣いにビルギッタを見て言いました。 「でも、私、力仕事が苦手で……」 「力仕事って言ったって、掃除道具を運ぶ、ただ、それだけじゃないの!」 ビルギッタは額に手をやり、嘆息します。 「ああ、なんでこんな女が、組織本部の南砦(なんさい)の、担当になったのかしら。アレッサンドロ枢機きょ……」 いいかけて、咳払いをすると、ビルギッタは言い直します。 「組織のトップは、なんであなたみたいなグズに推薦(すいせん)状をつけて、よこしたのかしらねえ……?」 そして。 「いい? あなたがぶちまけた桶(おけ)の水、それと、灰と油で作った洗剤、ちゃんと拭き取っておきなさいよ!」 鼻を鳴らし、ビルギッタは南砦の一階大広間を出て行きました。
それから、ちょっとして、大広間に一人の少女が入ってきました。雑巾で床を拭いているヘンリケに声をかけながら、自分も雑巾を持って、床を一緒に拭き始めました。 「しぼられたみたいね、ヘンリケ」 「ああ、エステル。……そうなの、私、グズだから」 苦笑を浮かべてそう答えると、エステルも苦笑いを浮かべます。 「あたしも似たようなものだから、よくわかるわ、あなたの気持ち。あたしね、ここに来て、そろそろ一年になるの。でも、何をやってもダメ。書類を作ったら、一からやり直し、体術はマスターできない、掃除をやっても、遅くて効率が悪い」 悲しそうに言うエステルは、ふう、と溜息をついてから、言いました。 「あたし、前は貴族ラーゲルフェルト様の自治領、ラーゲルの修道院で、修道女をやってたの。でも、なんだか、難しいことがあったみたいで」 「難しいこと?」 妙な言葉に、ヘンリケは手を止め、聞いてみました。 「さあ? 頭の悪いあたしには、よくわからないわ。ただ、聞いた人の話じゃあ、教皇庁の上の方で、アレッサンドロ枢機卿とヴァレリアーノ枢機卿との間で何かがあったせいで、そこの教区教会の司教が交替することになって、その関係で、あたしのいた修道院は、解散することになったの」 「え?」 と、話の途中でしたが、ヘンリケは口を挟みました。
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