「竜斗、嵐が来るって」
次の朝、唐突にすみのが言った。
「んー、ハリケーン?」
「違うのよ。こちらでは台風って言うのよ。でも、今度のは台風でもないみたいなの」
「じゃあ、何もしなくてもいいの?」
「それがね、さっき自治会長から連絡があって、海辺に土嚢を積むから手伝ってもらえないかって」
困ったようにすみのが言うので、俺が行くよと返事をしたんだ。
「そう言ってくれると思ったわ。竜斗は優しいものね」
「任せておいて」
「無理して海に落ちないように気をつけるのよ」
「大丈夫だよ。外は良い天気なんだから」
すみのも俺も、この時本当に何か起こるとは思ってもいなかった。
□■
「悪いね、竜ちゃん。日中は、男手がなくてさあ」
中肉中背の白髪混じりの髪をした、人の良い顔をした自治会長さんは困ったように言ったんだ。
「構わないですよ。暇をしているから、少しでも皆さんの役に立てれば嬉しいです」
「ハハッ、竜ちゃんはいい男だな」
他にも三人程、すみのと同年代の男達が手伝いに参加している。
俺が一番若いから、海の防波堤の上に三つ程載せていく作業を請け負ったんだ。
ところが、始めた頃はあんなに晴れていたのに、風が吹き始めたと思ったらあっという間に辺りは暗くなってしまった。
「竜ちゃん、もう終いにしよう。思ったより嵐が早まったかもしんねぇ」
「でも、これじゃあ、隙間だらけですよ」
長い間の波の浸食もあって、防波堤には段が出来ていたのだ。
「塞いでおくにこしたことはないが、こう海が荒れてきちゃなあ。竜ちゃんのが大事だから、さあ、もう止めて帰ろう」
他の三人も帰ろうとしていたから、急いで返事をした。
「じゃあ、ここだけ積んだらすぐに帰ります」
「うーん、じゃあ、そこだけにして帰っておくれよ」
「yes sir」
俺の笑顔に苦笑いして、皆帰って行った。
別に正義の為に続けていた訳じゃない。すみのが住む町だから続けていたのだ。
土嚢を届けてくれていた人達がいなくなり、一人での作業は思ったより捗らず、やっとその場所に三つ積み上げたところだった。
雨も降りだして風も強くなり、波も高くなってきたかもしれない。
それでも、あと三ヵ所だ。
土嚢を防波堤の下まで運び、積み上げようとした時! 突然の落雷が海に落ちた。
ゴゴゴゴン。
大迫力だ。
髪の毛も電気を帯びた空気で、ふわふわしている。
『これ以上は無理だな』
外での落雷は、最も危険だ。
作業を止めて、自然に海の方に視線を向けた。
その時だ!
そこには、円錐形のフードを被った一つ目の魚人が立っていたんだ。
伝説の方舟程の大きな船から、滑るようにこちらに近づいてきて、俺は鉤爪に掬い上げられていた。
落雷が激しく轟、カーーッと光った時には、俺の姿は、高波にでも浚われたように見えただろう。
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