光りの糸が屈折して海にも繋がった時、石板上にそのモノの姿が浮かび上がった。
『投影機なのか?』
驚くと言うよりは、好奇心がそれを上回って指の傷を忘れてしまっていた。
立体的な映像を観察する為に、石板の周りをぐるぐる回る。
頭頂が二つに別れた兜をかぶり、光沢のある外套がまるで蝉の羽のように見える怪しい格好だ。
両肩に琥珀色したブローチのような飾りで外套を止めてある。
足が二本あるところで、かろうじて知的生命体だろうと思われる。
『何だろうこれは? 見たこともない格好だなあ……人なのか?』
「Δώστε αυτό στον ήρωα」
「What?」
『映像が喋った?』
ふわりと空気が歪んで、首にさらりとした冷たい感触がした。
手で触れれば、俺の肩には不思議な布のケープが巻かれていたんだ。
「Oh!」
その後、掠れた声がしてよく聞き取れないまま映像も消えてしまった。
白昼夢にしては、証拠のケープが存在する。
何て言ったのか、俺が大学で専攻した語学でない事は確かなのだ。
『とにかく、こんなキラキラしたモノを着けて帰る訳にはいかないなあ』
□■
どうやっても脱ぐ事が出来ずに、夕暮れを待ったんだ。
「やっとこれで、他人からは見えなくなるな」
それがキーワードだったのか、感触はするがステルスみたいに消えている。
ここまで待った自分が情けなかったのか、徒労に終わった事が残念だったのか、俺は、暗くなってしまった道をとぼとぼと辿ったんだ。
すみのが住む家は、土塀に囲まれた少し奥まった場所に建っていて、道端には、奇妙な生物の上に立つ坊主の石碑が建てられているんだ。
狭い門を通れば、明かりのついた玄関がみえる。
「ただいま」
「お帰りなさい。遅いから心配したわ」
さりげなく言われた苦言だけど、心配してくれた気持ちが嬉しくもあった。
野菜料理の並ぶ食卓で、すみのは思いがけない話しを聞かせてくれたんだ。
「最近の竜斗は、晴也に似てきたわね」
晴也とは俺の父親で、すみのの一人息子だ。
「あんなに気難しい顔はしてないつもりだよ?」
「そうね。竜斗はハンサムだものね」
からかうように言ったすみのは、髪を染めて纏めて上げているから、年齢を感じさせない。
「髪も目も黒っぽいから、ハーフだとは思われてないだろうね」
「不思議なんだけれど、竜斗は産まれた時琥珀色の瞳をしていたのよ」
「琥珀色?」
昼間に見た怪しい格好をした映像にも琥珀色の装飾品がついていたなと思い出してしまった。
「竜斗?」
「sorry、何でもないんだ。うー、俺の瞳が琥珀色だったって? 確かに黒ではないから、光りの加減だったのかな?」
「そうかもしれないわね。貴方が産まれて、私達は随分興奮してしまいましたからね」
思い浮かべるように、目を閉じたすみの。
「ジェニファさんの瞳は、美しい紺碧の色だったわ」
ジェニファーは、俺の母親でアメリカ人だ。
「兎に角、竜斗は、両方の良いとこ取りして生まれてきたのよ。それは間違いないわ」
身贔屓だとは思うが、それですみのが嬉しく思ってくれるなら、俺も嬉しい。
そんな、温かな団らんだったと、後にして思い返す。
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