「やったなヒューイ! 初勝利おめでとう」
自室に戻れば、初試合を明日に控えたガドナが迎えてくれた。
「幸運だっただけですよ」
「ヒーニ相手によく逃げきれたもんだ」
「相手の紅牛(マルキー)が暴れてくれたから、その隙を突く事が出来ました」
「それでも誇るべきだぞ。今まで、アイツの対戦相手が生きている事なんてないんだからな」
「えっ?」
「コレオス百人隊長の秘蔵っ子といえば、暗殺者の異名もちだぞ。なんだ、知らなかったのか?」
「暗殺者? そんな! では、今までの対戦相手は皆……死……」
「おい、そんな話しはよそうや」
確かに嫌な話しだ。
「ガドナ、明日の対戦相手はどんな奴なんです?」
「知らない相手だ。きっと、向こうも初めてなんだろう。お互い様だな」
不思議な男だ。
陽気な人間を装ってはいるが、翡翠色の目はいつだって真剣だ。
そして、用意周到な上に何もかもに手馴れている感じがする。
ガドナの様な大人が、同室者とは言え俺に何故親切にしてくれるのだろう?
「ああ、見張りをしている連中に、酒を渡して聞き出したから知っているんだよ」
どうやら、俺が疑っているような顔をしていたようだ。
「ガドナは、他人と距離を詰めるのが上手い」
「ハハッ、なんたって商人だから。生まれつきの才能だな」
その後、何処から入手したのか、久しぶりに肉入りのパンをご馳走してもらった。
そして、その夜の事だ。
いつもの日課になりつつあるエクワに会いに抜け出し、部屋に戻って来た時の事だった。
部屋の扉が開いていたのだ。
こっそり外出した時には、しっかり閉じて出た筈。
不審に思いながらソッと中を覗いた先には、黒い影に取り付かれて呻くガドナの声が……。
「ガドナ!」
俺は扉を大きく開けて部屋に踏み込んだ。
影は、俺の手から身を翻すとあっという間に扉から滑るように出て行ってしまったのだ。
「ウェヘッ、オホッ……」
「ガドナ! 大丈夫か?」
咳き込んでいるところを見ると、どうやら生きているようだ。
「奴の顔を見たか?」
「ゲホッ、ゴホッ。……の前に……みず」
俺は、注意しながら水を器に放出する。
手渡してから大きな背中を擦ってやった。
薄っぺらな奴隷服の上からだから、しなやかな筋肉がついているのが良くわかる。
「ふう、とんだ災難だったよ」
「誰なんだ? どうしてガドナが狙われたんだ?」
喉を労るように残りの水を飲んだガドナ。
「狙われたのは、多分俺じゃない」
「えっ? じゃあ、いったい誰を……まさか!」
「ヒューイの寝床を見てみろよ」
月明かりが格子から洩れて、その下にあった俺のカモフラージュした掛け布の塊には、キラリとした物が刺さっていた。
「危なかったな。出掛けていなかったら、俺もヒューイもどうなっていたかわからない」
「俺が、今日……勝利したから……だからなのか?」
スッと引き抜いた立派な短剣(プギオ)を見たガドナは言った。
「軍の物のようだな。手入れが行き届いている」
「ここでは、奴隷が勝利する度にこうやって襲われるのか……」
「そんな話しは滅多に聞かないが、ヒューイは何かと目立っていたから逆恨みかもしれないな」
「でも、ガドナまで……」
「それは、気配に気づいてしまった俺が悪い」
「どういうことです?」
「声を出そうとして起き上がったところを、すぐさま首を締められてこのざまだよ」
そうだったのか。それなら間に合って良かった。
「それで、明日の試合は出場出来ますか?」
「ハハッ、大丈夫さ。こう見えて鍛えてはあるのさ」
明るく振る舞うガドナに救われながら、寝床に着いたが……。
昼間聞いた暗殺者の異名が、俺の中では引っ掛かりはしたが、何の証拠もない上に捕まえる事も出来なかったのだから情けない。
その前に、奴隷の俺が軍の奴等を訴えられる訳がないのだと言う事実を受け止めなければならないのかと、どん底の気分を味わったのだ。
|
|