20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:海の民の伝記 作者:雷花 羽畄砂

第17回   戦闘
 あの男が終われば、いよいよ俺の番だ。

 控え室と言う、薄暗く乾いた牢獄で様子を窺う。

 ここまで、手傷を負った酷い者は出なかった。

 しかし、また敗者も存在しない……。

 かつてないほどの危機感を覚えながら、リューイは光り射す格子の向こう側へと足を踏み出した。


 互いに点検を終えると、相棒となる紅牛(マルキー)の手綱を握り空艇に足を掛ける。

 契約の呪文は待っている間に既に掛けられていた。

 ただの骸となり戻る奴隷だった者。

 それを弔う為の祈りだと思っていたモノが、一周聴いたところで掛かる呪いだと知ったのは、ずっと後の事だった。



 地に足をつけたレフェリー。

 対戦相手は、煌めく兜にシャープな鎧を身に付けた痩駆な青年だ。

 そして背負ったグラディウス。

 あれを使われたら、こっちはひとたまりもない。

 『やはり、逃げる為にはアレを使うしかないか』

 今日は、晴天の無風な日のようだ。

 対戦相手の応援の旗は、ちっとも靡いていない。

 「第五試合、奴隷 ヒューイ。近頃不思議な花を撒いた注目の新人だ」

  ーーザワッーー

 まるで、ハブーブみたいに吹き抜けた歓声。

 「そして、その新人の対戦相手は、ガルディリル軍所属第三空艇部隊コニオス百人隊長の秘蔵っ子、ヒーニ〜」

 「「「「オーッ!」」」」

 爆発でもしたようなどよめきだ。


 『有名人なのだろうか』

 手を上げて応える姿は、慣れたものだ。

 「では、用意が良ければ始め!」

 紅牛(マルキー)は、この歓声の中暴れもせず飛行を開始した。


 お互いが守るべき、イヤ、潜る為には前進あるのみ。

 恐れることのない対戦相手のヒーニは、真っ直ぐにこちらに、イヤ、俺に向かってくる。

 躊躇っている暇はない。

 すぐさま手のひらに着けておいた粗い目の粉袋ごしに放水した。

 「「「「Oh〜!」」」」

 光りを背にした観客席からは、プリズムでも見えたのだろう。

 のちに、『ビルレスト』と呼ばれる所以である。

 タップリと水を浴びたヒーニのマルキー。

 ヒーニは、背負っていたグラディウスで斬りかかってきていた。

 チラリと見えた顔は、意外に若く同じ年頃のように見える。

 俺は、咄嗟に下降して難を逃れたが、剣先が後ろ髪を削いだ感触がした。



 ヒーニが真っ直ぐに勝利の門に進んでくれたら……。

 負けてしまうかもしれないが、命の方が惜しい。

 しかし、ヒーニは剣を下ろし手綱を引きUターンしている。

 俺は時間を稼ぐ為に、戻ってきたヒーニのマルキーの横を通りすぎ、今度は真上に急上昇してみせた。

 太陽からの死角で、こちらが見えないだろうと少し油断すれば、置き型にした盾にカンコンと矢が当たっていた!

 重くなり、スピードは落ちるが据え付けておいて良かったと思う。

 そのうち、矢が横を掠めていくのを確認して、ようやく相手側の門を目指し下降する。

 ヒーニの方は、手綱を引いたからかマルキーがぐるぐると回ってしまい、こちらに追いつくどころではないようだ。

 お陰で余裕で門を抜ける事が出来た。

 静まったままの観客。

 きっと、何が起きているのかわからないのだろう。

 構わずにレフェリーの前に降りてジャッジを待った。



 「何があったんだ?」

 「ヒーニの紅牛(マルキー)が狂ってしまったのよ」

 「そうに違いない」

 「ああ、何て不幸なの!」

 ーーザワザワーー


 「勝者 奴隷のヒューイ」

 「「「「ブー」」」」

 観客のブーイングなんて知ったことか。

 勝利を告げる筈のレフェリーに、少々間があいた事に腹が立ったが、これで、命もお金も拾ったのだから、我慢するべきなのだろう。

 俺は、自分を乗せてくれたマルキーに怪我のない事を確認してから、あの暗い控え室に入って行った。

 控えていた者達から、胡散臭い者を見るような目を向けられたが、足早にその場を去ったんだ。 


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1318