あの男が終われば、いよいよ俺の番だ。
控え室と言う、薄暗く乾いた牢獄で様子を窺う。
ここまで、手傷を負った酷い者は出なかった。
しかし、また敗者も存在しない……。
かつてないほどの危機感を覚えながら、リューイは光り射す格子の向こう側へと足を踏み出した。
互いに点検を終えると、相棒となる紅牛(マルキー)の手綱を握り空艇に足を掛ける。
契約の呪文は待っている間に既に掛けられていた。
ただの骸となり戻る奴隷だった者。
それを弔う為の祈りだと思っていたモノが、一周聴いたところで掛かる呪いだと知ったのは、ずっと後の事だった。
地に足をつけたレフェリー。
対戦相手は、煌めく兜にシャープな鎧を身に付けた痩駆な青年だ。
そして背負ったグラディウス。
あれを使われたら、こっちはひとたまりもない。
『やはり、逃げる為にはアレを使うしかないか』
今日は、晴天の無風な日のようだ。
対戦相手の応援の旗は、ちっとも靡いていない。
「第五試合、奴隷 ヒューイ。近頃不思議な花を撒いた注目の新人だ」
ーーザワッーー
まるで、ハブーブみたいに吹き抜けた歓声。
「そして、その新人の対戦相手は、ガルディリル軍所属第三空艇部隊コニオス百人隊長の秘蔵っ子、ヒーニ〜」
「「「「オーッ!」」」」
爆発でもしたようなどよめきだ。
『有名人なのだろうか』
手を上げて応える姿は、慣れたものだ。
「では、用意が良ければ始め!」
紅牛(マルキー)は、この歓声の中暴れもせず飛行を開始した。
お互いが守るべき、イヤ、潜る為には前進あるのみ。
恐れることのない対戦相手のヒーニは、真っ直ぐにこちらに、イヤ、俺に向かってくる。
躊躇っている暇はない。
すぐさま手のひらに着けておいた粗い目の粉袋ごしに放水した。
「「「「Oh〜!」」」」
光りを背にした観客席からは、プリズムでも見えたのだろう。
のちに、『ビルレスト』と呼ばれる所以である。
タップリと水を浴びたヒーニのマルキー。
ヒーニは、背負っていたグラディウスで斬りかかってきていた。
チラリと見えた顔は、意外に若く同じ年頃のように見える。
俺は、咄嗟に下降して難を逃れたが、剣先が後ろ髪を削いだ感触がした。
ヒーニが真っ直ぐに勝利の門に進んでくれたら……。
負けてしまうかもしれないが、命の方が惜しい。
しかし、ヒーニは剣を下ろし手綱を引きUターンしている。
俺は時間を稼ぐ為に、戻ってきたヒーニのマルキーの横を通りすぎ、今度は真上に急上昇してみせた。
太陽からの死角で、こちらが見えないだろうと少し油断すれば、置き型にした盾にカンコンと矢が当たっていた!
重くなり、スピードは落ちるが据え付けておいて良かったと思う。
そのうち、矢が横を掠めていくのを確認して、ようやく相手側の門を目指し下降する。
ヒーニの方は、手綱を引いたからかマルキーがぐるぐると回ってしまい、こちらに追いつくどころではないようだ。
お陰で余裕で門を抜ける事が出来た。
静まったままの観客。
きっと、何が起きているのかわからないのだろう。
構わずにレフェリーの前に降りてジャッジを待った。
「何があったんだ?」
「ヒーニの紅牛(マルキー)が狂ってしまったのよ」
「そうに違いない」
「ああ、何て不幸なの!」
ーーザワザワーー
「勝者 奴隷のヒューイ」
「「「「ブー」」」」
観客のブーイングなんて知ったことか。
勝利を告げる筈のレフェリーに、少々間があいた事に腹が立ったが、これで、命もお金も拾ったのだから、我慢するべきなのだろう。
俺は、自分を乗せてくれたマルキーに怪我のない事を確認してから、あの暗い控え室に入って行った。
控えていた者達から、胡散臭い者を見るような目を向けられたが、足早にその場を去ったんだ。
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