ヒューイが起こしたまるで奇跡のような出来事は、瞬く間に人々の知るところとなり、それはヒューイの戦いを早める動きとなってしまった。
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「おい! 試合の申し込みが殺到しているって」
ガドナの慌てぶりに逆に落ち着くヒューイ。
「素人の俺を相手にして、勝ったところで惨めなだけなのになあ」
「原因があれだからな。あれは美し過ぎた」
ガドナがまた、幻想的な花の舞いを思い浮かべて、ガラでもなく優しい表情を見せている。
「あの時の光景を見た連中は、ヒューイに心を奪われてしまったようだから、いっそうここでは注意が必要になったな」
まだ、ガドナは気づいていないかもしれないが、ヒューイはここで強い味方をつけたのだ。
あれから、競技場の下に居る妖花に気に入られてしまい、どこからか出てくる蔦に面倒をみてもらっていたのだ。
あの日の夜、夢に出てきた妖花(エクワ)。
妖花から生まれた可愛らしい女の子の姿から、鳥に変身してみせてくれたのだ。
それからは、蔦が側に出現するか、鳥が姿を現し戯れてくるか、ヒューイの周囲は癒しに満ちていた。
連日、競技場整備にかり出されていて、ようやく今日、戦車を操縦しながらの訓練が始まったところだった。
戦車を曳く紅牛(マルキー)は気性が荒いので、オドオドしていると自慢の黒い角で腹を突き上げられてしまうそうだ。
「随分と危険が一杯ですね」
ヒューイが堪らずガドナに耳打ちすると、「だから、戦車(タンク)乗りは優秀な者しかなれないんだよ」と嬉しそうに語った。
紅牛(マルキー)の中でも比較的大人しい二頭が引き出されていると言うが、蹄をカツカツ鳴らしての前傾姿勢である。
「誰が最初に挑戦する?」
教えてくれるのは、引退した戦車(タンク)乗りと聞いた。
ここで、借金を完済すれば自由だし、また、好成績を得れば戦車(タンク)乗りにもなれるそうだ。
ここは、退役した後の就職先の一つのよう。
「フッ、か弱い子羊の集まりか?」
こちらをチラチラ見ながら薄ら笑いをしている。
生憎、活きのいい奴等が最初の洗礼を受けてからは大人しくなってしまったのだ。
「やるか」
ガドナはヒューイの意志も確かめないまま名乗りをあげてしまった。
「ほぉ、噂の二人だな。よし、前に出ろ」
『嘘だろう……』
あの猛獣にどうやって対峙したらいいのか、ヒューイには見当もつかない。
ところが、どうやって手に入れたのか、ガドナはヒューイにソッと手渡した。
火喰石と言う小さな石で、カスタネットのように打つことで火花を出す物だ。
ガドナは、それを紅牛(マルキー)の目の前でカチリと合わせて火花を出した。
それまで興奮して涎を垂らしていた紅牛(マルキー)が、一瞬で体を硬直させている。
驚く皆を尻目に、ヒューイにもサインを送る余裕ぶりだ。
ヒューイも何とか紅牛(マルキー)を手懐ける事に成功した。
準備のいいガドナに、不満顔の退役戦車(タンク)乗り。
「今度の新入りは、なかなかのようだが、可愛気がねぇ」
ブツブツぼやいた後に、戦車を牽引させる為の手順を実演してくれた。
「それから、マルキーの翼の確認は絶対怠るなよ。骨が痛んでいても気にせず最後まで飛ぶところがコイツの可愛いところだが、戦車(タンク)乗りには命取りだからな。それから……」
『結局は、武具もそうだけど手入れや点検一つで簡単に命を落とすってことなんだな』
ヒューイは、念には念を入れておこうと決めたのだった。
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