「随分な失態だな?」
「……」
この刺すようなオーラにも慣れた筈なのに、バーナードは動くことすら出来なかった。
「いいじゃないっすか。素人英雄なんて物語りの中だけなんすから、早々にご退場願えてリスクが減ったじゃないっすか」
余裕のウィラーは、軽口が絶好調だ。
「お前も調達に向かっていた筈だなウィラー」
痺れるような美貌に、本当に背筋をぞくぞくさせ喜ぶウィラー。
「揃いも揃って、お前達が優れていたのなら英雄など不要だったのだ」
思ったより期待されていた事にウィラーは感激して、バーナードは不審に思った。
「彼はこの先どうなるんですか?」
顔の角度を少し上げただけで、凄味を増すバクウスの睨み。
「他人の心配か? お優しいのだなバーナード」
ウィラーは、バクウスの睨みを独占されて嫉妬に狂いそうだ。
「あの青年は、何も知らずにこんなところに呼ばれて、少し失敗したぐらいで競技場に売るなんて、身勝手に思われないんですか?」
「私に意見か? 今の立場のお前が、言える事なのか?」
「それは……すみませんでした。全力で止めるべきでした」
悔しげに拳を握りしめるバーナード。
「だな。それも出来ない奴が何を語る? 我々が相手をしているのは神なのだぞ? わかっているのか? 今回の事で、英雄が生き残ってこちらに来た事がばれた。これが何を意味するかわかるか?」
改めて、たったこれだけの事で知れてしまった事に驚愕するしかない。
「まあ、本当に英雄なら生き延びるだろう」
そこで、バクウスはうっすら微笑んだのだ。
部下二人は、その得体の知れない含みにどんな企みが隠されているのか、想像出来ずにただ恐怖するしかなかった。 □■
新人の洗礼を受けていたヒューイ達。
グラウンドで練習していたベテラン勢が、武器を持ったばかりの新人に襲いかかる。
威勢の良かった荒くれ者達が、どんどん沈められていく中、ガドナは元商人とは思えない活躍だ。
骨格が違う別の生き物のように感じる巨漢達に囲まれて、ヒューイは逃げの一手しかない。
まさか、今手にしたばかりのクロスボウで直接人を狙うなんて出来そうにない。
しかし、多勢に無勢では逃げるのにも限界がある。
いよいよ追い詰められたヒューイは、逃げ場を失い絶体絶命だ。
ガドナもこちらを助けようと視線を送るが、三位一体の攻撃を受けてかわすので精一杯のようだった。
ヒューイは、原始時代の人間のような男に迫られて、それでも何かないかと必死に考えを巡らせる。
と、フッとバーナードが教えてくれた事が頭を過ったのだ。
スッと手のひらを男に向けて……。
『全力放水』
そう念じた。
ドオンと轟く音が先に人々の耳に届いて、それからは何が起こったのかわからなかっただろう。
その場にいた何もかもが、一瞬で遠くに流されていたのだから。
そして、そこから不思議な事が立て続けに起こったのだ。
建物だと思っていた競技場から、幾つもの蔦が伸びヒューイを囲んでしまい上空にご招待だ。
競技場のグラウンド全体が夥しい光りにまみれ、下から上に蠢き始めてから蔦の先全てが天を向き、みるみる芽が出て膨らみ弾けて美しい桃色の花びらが舞ったのだ。
「ヤフー! 桜だ。なんて雅やかなんだ」
特等席の上空から全てを観覧したヒューイは、信じられないような光景に夢心地だった。
ところが、この光景を目撃した者がもう1人いた。
小高い丘(アクアポリス)に住む成り上がりの支配者。ポーキュラス帝その人だ。
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