「わかった。俺も行くよ」
「ふぇ、神様が一緒に?」
「神様じゃないよ。力ない平民」
「平民?」
少年は、聞き慣れない言葉に小首を傾げている。
「ちょっとだけ待っていてよ」
少年に龍(タツ)を返してから、ヒューイは樹木に隠れてケセイダヴィステを解除した。
その時だ。
後ろから伸びてきた手に口を塞がれてから、頭が朦朧としてしまったのは。 □■
『厭な夢を見ていたようで、頭がくらくらして胸がムカムカする』
洞窟のベッドで目覚めたヒューイは、水を探して通路に出た。
ふらふらしながら水の置いてある場所に足を踏み入れたところを、グイと肩を引かれ殴られたのだった!
「うっくっ」
殴られた頬や倒れてぶつかったところが痛いし、何より頭がくらくらする。
吐き気が増して隅で踞ったところを、蹴られて仰向けにさせられ恐ろしいほど冷酷なバクウスに見下ろされていたのだ。
「たいした英雄だ。来て数日でお前の存在が知れたぞ」
恐ろしくて声も出ないヒューイに、バクウスは更に恐ろしい話しを告げた。
「だからな、あの少年の家族の代わりに、奴隷として戦車競技場に行くようにしてやったぞ。お前の望みが叶って嬉しいだろう?」
凍てつく微笑も美しいバクウス。
あまりの言葉にヒューイの思考は停止してしまい、悲鳴をあげた身体はまた意識を手放してしまったのだ。
そしてこの後、とんでもない場所で目覚めることになるのだが、そこからが、ヒューイにとっての本当の戦いの幕開けとなるのだ。 □■
「おい!おい! 起きろよ。新入り」
知らない男に揺さぶられ、また吐き気をもよおして手で遮りながら起き上がった。
「ほら、吐くならこの中にしろ。大丈夫か?」
親切に桶を渡されたが、その桶のあまりの酷い臭いに釣られるように全部吐き出したらスッキリとした。
「水だ」
差し出された器の生ぬるい水で口をすすぎ、一口含んでから飲み込んだ。
「ありがとうございます」
男は、横になるのを手伝い親切にぼろ布を被せてくれた。
「お前、何て名だ?」
「ヒューイです」
「ヒューイか。俺は、ガドナだ。俺も今日入ったばかりで、ここには馴染めそうにもない。だから、協力していかないか?」
骨太な体格の30才前後の男だ。
『バーナードより幾つか歳上だろうか?』
「俺こそ、すっかり世話になってしまいました。こんな格好で情けないですが、これから宜しくお願いします」
「フゥー、やっとまともに話しが出来た。なんだかここの連中は、皆ピリピリしててな、これからどうなる事かと思ったよ」
「ここは?」
「奴隷の待機所だけど、もしかして奴隷になった自覚なしか?」
「いえ、偉い人に奴隷にしてやると言われましたから、わかっています」
「若いのに、何かとんでもない失敗でも仕出かしたのか?」
『失敗か……バーナードに迷惑をかけてしまったんだろうな……』
ヒューイは、後悔して落ち込んだ。
「競技場だから、それほど酷い怪我はしないだろうと思っていたんだが、さっき、君ぐらいの若い子が運ばれているのを見てな、恐ろしくなったよ」
『そうなのか。俺もこれからどうなってしまうんだろう。このまま、すみのにはもう会えないんだろうか……』
その日は、粗末な食事が出ただけで、陰鬱な気持ちのまま日が暮れていった。
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