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作品名:海の民の伝記 作者:雷花 羽畄砂

第11回   衝動
 「お許し下さい、どうか……」

 あまりの恐怖に動けず、ただ震えるしかない少年の姿は、ソランのいたぶりたい気持ちを高めただけのようだった。

 丁寧に少年の顔の輪郭を切っ先でなぞる。

 市場にいた者達は、先程の興奮が納まらないのか口には出さないが、異様な雰囲気がその場を支配していた事は間違いない。

 『ケセイダヴィステ』

 ヒューイは、もう決めていた。

 なぜなら、絶対にあの少年は殺される。そう確信したからだ。

 周囲はおかしな興奮の中、今か今かと待ち焦がれているようなマインドコントロール状態だ。

 ヒューイに注意をはらう者はいない。

 少年と龍(タツ)の位置を把握して、後は『飛ぶ!』

 「キャー!」

 「やったか」

 市場にいた者達が歓喜をしようとして、唖然とした。

 てっきり少年が斬られたのかと思いきや、大剣が折れてソランが白目を剥いてひっくり返って倒れていたからだ。

 「どうしたんだ?」

 「いったい何が起こった?」

 ざわめきの中、バーナードは青ざめた顔をして佇んでいるしかなかった。

 「ソラン! いったい誰が」

 双子と思われるフランが周囲を警戒するが、市場の者達の恐慌する中でもみくちゃにされてしまうのだった。

 一方、ヒューイはソランに頭から闇雲に突撃していたのだ。

 キンと大剣が折れると同時に少年の腰を掴み、ソランが手放した綿を掴んですぐさま森に向かって飛んで逃げたのである。

 何も考えずにそのまま、目印のある木の下に降り立った。

 少年を下ろしたヒューイは、汚れた綿を手渡してやる。

 少年には、浮いていた汚れた布が自分の手の中に入ったように見えただろう。

 すぐに、龍(タツ)の無事を確認して安堵の息をついている。

 それから今度は空に祈ってから礼を述べた。

 「バジルを助けてくれてありがとうございます」

 それだけ言うと、また街の方向に歩き出したのだ。


 ヒューイは焦った。

 せっかく助けたのに、また街に戻ってどうするのかと。

 「待って! 街に戻るの?」

 異形の姿のまま話しかけてしまうヒューイ。

 少年は、振り返ってケセイダヴィステを装着しているヒューイを見て息を飲んだ。

 「あっ!」

 後退りしている。

 「待って。街に戻ればきっと君は……」

 俺の二本足を見て落ち着いたのか、どうやら助けてくれた者だと理解してくれたようだ。

 『さすが、俺以上の異形が沢山いる世界だ。襲われないとわかれば落ち着いたものなんだ』

 「神様……ですか?」

 すがるような目を向けてくる少年。

 「……」

 静かに頭を振るしかない。純真な少年に嘘はつけない。

 期待から絶望に変わる少年を目の前にして、いたたまれずにすぐさま訊いた。

 「街に戻るのか?」

 「はい」

 キッパリと少年は言った。

 「どうして?」

 「この『バジル』をお願いします」

 依然汚れた布の中にいると思われる龍(タツ)。

 「君はどうするの?」

 「助けてくれてありがとうございました。でも、僕は戻らないといけないんです」

 「だからどうして!」

 食い下がる俺に涙ぐんだ少年は、淡々と話す。

 「あの方達は、この海の民の支配者達です。だから、僕が戻らないと家族が……」

 「!」

 助けたつもりが、そうじゃなかった。

 少年に更に悲痛な涙を流させている自分にイライラする。

 ヒューイは、辛い現実に頭が混乱した。

 『いったいどうしたら、本当の意味でこの少年を助けられるんだ?』


 そう自問した。


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