彼のそんな思惑にも気づかないように、暎蓮は、茶道具を並べて置いてある、大きな盆の上に幾枚か重ねて置いてあった菓子皿を一枚出し、菓子用の取り箸を使い、おそらく、菓子の形が崩れないようにだろう、丁寧な仕草でゆっくりとその菓子を盆から皿に取りわけ、それを笑顔で彼に差し出した。 「……いかがですか?」 と、言う。 彪は、その菓子のできあがった経緯を考えると、半分ありがたく、半分仕方なく思いつつ、 「ありがとう、……いただきます」 と言って、その菓子を手に取り、口に入れた。 ……いかにも赤子が好きそうな、優しい味の、柔らかい菓子だった。どことなく、懐かしさを感じさせる香りもする。 「……おいしい」 これは、本気で言った言葉だった。暎蓮は、それを聞いて、とてもうれしそうな顔をしてくれた。 「よろしければ、どうぞ、もっと、お召し上がりになってください」 「ありがとう」 彼が、暎蓮に菓子皿を返そうとした、次の瞬間だった。 突然、二人の背に、戦慄が走った。 ……これは……。 『天帝』からの声、『天啓』だ。『天啓』ではあるが、いつものものと違い、なにか、まがまがしいものが来るという予言だった。それは、『戦慄』という形をとって聴こえたことでもわかる。 二人は、同時に、城内で、目の前に大きな『邪気』が現れる、という情景を、一瞬だけ視(み)ていた。 暎蓮が、鋭い声で言った。 「彪様。今の、ご覧になりましたか」 「うん。この城になにかが起こるっていう『天啓』だった。……明日。『邪気』を視たから、……たぶん、魔物?」 「あるいは、『邪霊』のようですね」 しかし、『天啓』を受け終えた彼らの緊張は、一気にほぐれ、二人とも大きな吐息をつき、姿勢を崩した。 暎蓮は、彪が驚くようなことを言った。 「……彪様。明日、私と、この城内を見回ってくださいませんか」 「ええ!?」 「私の役目には、『斎姫』として、このお城を護るということもあるのです。でも、こうして、私たち二人が同時に『天啓』を受けたということは、……彪様のお力も、お借りしないといけない、ということかもしれません」 「お、お姫様がなにもそんなことをしなくても、俺たち、占天省の人間に任せておけば……」 暎蓮は首を振った。 「おそらく、この『天啓』は、私たちのほかには誰も視ていません。つまり、『天帝』様は、私たち二人を選んで、このお役目をくださったのだと思います。……どうか、お願いできませんか」 彪は、言った。 「でも、危険があるかもしれないよ」 「私は普通の『斎姫』ではなく、『武力』を持たなければならない『斎姫』です。そして、この国を護るのが役目。その名に恥じないためにも、少々の危険は、覚悟の上です」 「じゃあ、扇様にも言って……」 「いいえ、これは私たち『巫覡』の仕事です。ご公務でお忙しい扇賢様を巻き込みたくはありません。私たち、二人だけで」 暎蓮は、その美しい眼で、彪の眼を見た。もう一度、言う。 「お願い、できませんか」 彪は、すぐには答えられなかった。
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