暎蓮は、廊下を歩きながら、彼女の後ろにいた彪の手を、楽しげにとり(ここでまた、彪はつい、顔を赤らめるのだった)、軽く引っ張って歩いた。そして、毎回彪を迎えている部屋である、『雲天宮』の、『応接の間』に彼を誘(いざな)った。……この『応接の間』は、彪以外には、たとえば、彼女の家族などがこの宮殿を訪れた時にも使う、『正客』のための、特別に豪華な部屋だ。彪は、この華麗な部屋に、初めて誘われた時は、緊張して言葉が出なかったものだった。庶民の出である自分を、ここまで厚遇してくれていいのだろうか、とも思っていたが、暎蓮は、そんなことは気にもせず、毎回、彼を大事な『正客』扱いで、この部屋に誘うのだった。
『応接の間』には、もう座がしつらえられてあったが、暎蓮は気を遣って、上座下座を作らないようにしてくれてあった。……本来ならば、この国の『正妃』である彼女が上座に決まっているのだが。 「どうぞ、お好きな側へ、彪様」 先に部屋に入った暎蓮が振り返り、彪を招じ入れ、座を手で示した。 「ありがとうございます」 彪は、一礼して、片方の座に正座した。 暎蓮も、卓をはさんだ彼の正面に座り、二人の座の横に置いてあった横長の棚を開け、そこから茶道具を取り出すと、彪のために、いい香りの茶を淹れてくれた。 茶卓に茶器を置き、優雅な手つきで、それを彼に差し出しつつ、彼女は言う。 「今日は、この間、王音様に教わったお菓子を、作ってみたのです。彪様のお口にも、合うとよいのですが……」 「いや、そんな。もったいないことで……」 彪は口ごもった。暎蓮に気を遣ってもらうなど、申し訳ない。 「まず、お茶を一服、どうぞ」 彼女の勧めに、 「ありがとうございます。……いただきます」 彪が一礼して、茶を一口飲んだ。 ……宮廷に入る前は、こんな高級な茶は飲んだことがなかったが、それでも、暎蓮が淹れてくれたと思うだけで、どんな茶であろうとも、彼にとっては、『甘露』同然だ。 その『甘露』の茶を、口に含み、しみじみと味わい、ゆっくりと飲み込む間に、暎蓮が、今度は、宝物を見せるかのように、自分の後ろから、埃よけの布をかぶせた菓子盆を取り出した。盆から布を取り去り、言う。 「……その、王音様から教わったお菓子というのが、これなのですが」 中身がよく見えるよう、彼の側に傾けられたその盆を覗き込んだ彪が、感嘆の声を上げる。 庶民の出の彪が、見たことのないような、かわいらしい菓子が、盆の中にきれいに並んで入っているのだ。 彪は、暎蓮がこんなに上手に菓子を作れるということに、感心した。 「きれいだね」 本心から、彼は褒めた。しかし、それに対する彼女の返答は、 「これ、王音様のお子様が、一番お好きなお菓子なんですって。どんなものか作り方をおうかがいしたら、とてもおいしそうだったので、ぜひ彪様にも召し上がっていただきたくて」 ……であった。それを聞いて、彪は、ひっくり返りそうになった。 王音の子といえば、まだ赤子で、味の好みもわかるかわからないかの境目ではないか。 それと、もう十三にもなる自分とを、同一視して、この菓子を作ったのかと思うと、彪は思わず、苦笑せずにはいられなかった。 (お姫様は、俺よりも子供みたいだな) ちなみに、暎蓮の年齢は、彪とは十一違いの二十四歳。夫の扇賢はまだ十七歳で、彼よりも上の歳なのだが。世間から隔絶された生活を送っているせいか、純真だ。ついでに言うなら、『斎姫』というのは不老の力があるため、彼女の外見もまた若く、どう見ても、十四、五にしか見えないのだった。
|
|