彪は今、近頃は、この世界を狙う悪鬼や魔物と戦うことの多くなってきた、この国を護るという責任、というか、『使命』を持つ、『王』である、『天帝の御使(みつか)い』、『五彩の虎』の性(さが)を持つ兄貴分、扇賢を補助するために、『退魔』のための『術』をいくつか練丹しているところだった。 彼の場合、『術』の練り方は、文机の上で、自分なりに陣形を組み、それを紙に描いて、眺めてみる。その布陣の『力』の流れで、納得したら、立ち上がって、部屋の中で、それを今度は実際に発動させてみる。『聖気(せいき)(『巫覡』の持つ『気』のこと)』の込め方次第で、『術』の質は変わるので、陣形内の『気』の動きを確認しながら、ああでもない、こうでもない、と、様々な方法で、『術』自体の働きを確認してみるわけだ。
……そして、今日も。彼は、作りかけの布陣を、試しに発動させてみた。しかし、なんだか、その進捗度は芳しくなかった。彼の心情を現代の言葉で表すとするならば、……なんというか、『術』自体に、いまひとつ『インパクト』がないのだ。 「……方向性としては、間違っていないと思うんだけれど……。なんだか、あともう一工夫、欲しいところだよなあ……」 何度か陣形を発動させてみて、彼はぶつぶつつぶやいた。 その『一工夫』が、なんだかわからない。弱り果て、彼は、思わず床に寝転んだ。 天井を見つつ、考える。 「そうだ」 (お姫様なら、なにか助言をくれるかも) 彼はそう思って、身を起こした。 ……午後の休憩時間が、また楽しみになってきてしまった。
その日の午後、休憩時間に、彪は『宇天宮』を出て、城の最奥部にある『雲天宮』へと向かった。 門の前では、暎蓮が、ちゃんと彼を待っていてくれた。遠くから、一生懸命手を振っている。……彼は、うれしくなった。 「お待ちしていました、彪様。……どうぞ、お入りになってください」 暎蓮が、笑顔で彼を迎える。その愛らしい微笑みに、相変わらず弱い彪が、顔を赤らめつつ、照れのあまりに、ぼそぼそと、 「失礼します……」 と言って、もう顔見知りになった、門前の兵士にも、一応礼をして、門に近づく。
『雲天宮』の門前を警護する兵士は、城内の兵士たちの中でも屈強で、且つ教養があり、しかも『雲天宮』に関連する機密事項を守れるという、特別に選りすぐられた、心身ともに優秀なメンバーたちだ。その彼らが、暎蓮を護るため、二十四時間交代で宮殿の警護についているのだ。 ……暎蓮に促され、彪は、宮殿内に入り、まずは、沓を履いたまま、いくつもの部屋を通り抜けたり、外通路を歩いたりする。 そして、宮殿内でも、女官や侍女といった、『雲天宮』勤務者以外では、暎蓮に近しい関係者だけしか入れない、土足では上がれない部屋のところまで来たところで、彪は、普段履いている革の沓を脱ぎ、上り口に上がらせてもらう。……宮殿内には、いつものように、外部から世俗の毒を持ち込まれないよう、清浄な『気』を保つための浄香の香りが満ちていた。 暎蓮の乳母(めのと)の山緑(さんろく)が奥から彼を迎えに出てきて、 「彪様、お務め、お疲れ様でございます。さ、どうぞ、奥の房へ」 と言ってくれる。 「いつも、ありがとうございます」 彪も、いつものように山緑に一礼して、あいさつを返す。 彼はもはや、扇賢の次に、この宮殿の『顔』と言ってよかった。
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