「ええ?……じゃ、ほかの矢は!?」 「……普通ならば、棒状のものであれば、握ればなんでも『破邪の矢』に変わるのですが……」 暎蓮はあせったように、辺りを見回した。先ほど使った『破邪の矢』は、部屋の隅、かなり遠くだ。……あれを取りに行っている暇はない。 それ以外に使えそうなものは……。 必死になって探すが、辺り一面、『合』人形のかけらで床が埋め尽くされ、棒状のものなど見つかりそうにない。 暎蓮は、『結界術』と残り少ない鋲で、『合』の攻撃をなんとかさばいている彪の背中に向かって、心底悔しそうに、叫んだ。 「……不覚です!いつもこれ一本で片が付いていたので……。代用品が、ありません!」 さすがに彪が、 「……なんてこった!」 と、わめいた。 彪はとにかく、自身の『結界』の『壁』ぎりぎり前まで出ると、 「……不動!不動!不動!」 と、もう一度『合』に『縛術』をかけてみた。 しかし、その寸前、『合』は、高笑いしながら、その場で跳躍し、彪の『縛術』をかわすと、天井に向けて膝と手をつき、逆さから彪を見た。その口からは涎が、全身からは腐りかけた体液が飛び散っている。 『合』は、そこからまた跳んだ。彪の『結界』の上部から、振り上げた杭を突き下ろしてくる。彪は、両手を上に挙げ、『結界術』の壁を作り、それを防ごうとしたが、『合』は床に着地しながら、その勢いを借りて、杭の先で、彪の前の『壁』を切り裂いた。 ……まずい! 自分の『聖気』が尽きかけているのを感じた彪は、さすがにあせった。なんとか、もう一度『結界術』を発動しようとするが、『合』の狙いは、今度は、彪ではなく、暎蓮のほうだった。 『合』は、彪の斜め後ろにいた暎蓮に向かって、口から大きな『邪気』の塊を吹いてきた。しかし、彪が、瞬間的に彼女と『合』の間に割り込み、自らの肉体と、とっさにどうにか張った、『結界術』の壁で、『邪気』の塊を、防いだ。勢いが強かったため、物理的攻撃にもなったその『邪気』のせいで、『結界術』越しでも彪の体は打撃を受けたように、後ろに吹き飛んだが、体に自分で力を加え、反転させて、後ろにいる暎蓮に自分の体がぶつからないようにした。そのまま地面を滑り、転がる。 「……彪様!」 暎蓮が、自分をかばって地べたに転がった彪を振り向いて、青ざめる。 「…………!」 彪は、人形のかけらだらけの床に、仰向けに転がって、げほっと咳を漏らした。肉体的な痛みもあったが、それ以上に『邪気』に当てられた気持ち悪さのほうが大きい。片手を胴体に当てて、自分の『聖気』で自身を癒す。 『合』が、彪にとどめを刺すように、杭を手に近づいてくる。暎蓮は、それを阻もうと、彼らの間に立ち、徒手空拳のまま、なんとか、『結界術』を張ろうとした。 しかし、そこで、『合』は、狂気に満ちた顔で、にたりと笑った。その視線は、誰が見ても穢れていた。暎蓮は、それを感じ、ぞくりとした。 ……『斎姫』という、『巫覡』の最高位ではあっても、彼女は、『術使い』のような実戦的な戦いには、まだそれほど慣れてはいなかった。彼女の背筋が、寒くなる。 彪が、這うようにして、暎蓮に近づき、彼女の手を引き、自分の後ろに下がらせた。 「……彪様!お体が……!」 暎蓮が、彪に手を引かれたことで、我に返り、苦しげな彼の顔を見て、目に涙を浮かべた。その彼女を安心させるように、彪は笑ってみせた。 「……だ、大丈夫。それより、……『合』に近づいちゃ、だめだ。あいつはおそらく、今度は、……お姫様を手にしたいんだ」 彪はよろめく体を支えながら立ち上がり、言った。 「……『斎姫』。お前は、私が、もらう」 耳が汚れそうな『合』の言葉など、聞こうともせず、彪は、もう一度、 「不動!」 と『縛術』をかけた。『合』の視線が彪からそれ、暎蓮に向いていたことで、今度は『合』に完全に『縛術』がかかり、『合』が、動けなくなる。『合』は、わめき声を上げながら、動かない体で、暴れようとした。 「……お姫様、大丈夫?」 暎蓮は、『合』の言葉に、表情を硬くしていたが、なんとかうなずいた。 「この間に、なにか棒状のものを!」 「は、はい!」 二人は、辺り一面『邪気』だらけの部屋の中を探ろうとしたが、次の瞬間、『合』が、胸を大きく膨らませ、『邪気』の塊を二人に向けて吹き出してきた。 まさか、これほどの『邪気』がまだ残っていたなんて。彪は、目を見張った。 ……標的の『邪気』の大きさを、読み違えたか!
|
|