「……これも、『仙士』の『術』か!」 彪は、起き上がる死体の前で、暎蓮を自分の後ろに下がらせて、自身も後ずさりしながら、言った。暎蓮も、言う。 「どうやら、これが、本当に、最後の『現代の最新邪術』のようですね」 広げられた引き出しの中で、死体の下にたかっていた虫たちが散りだし、『合』の本体は、ゆっくりと半身を起こした。彼が寝ていたあとには、大きなしみが広がっている。 『……どうだ。……生き返れた。生き返れたぞ!』 勝ち誇ったように、『合』は、叫ぶと、両手を上げた。そのまま、足を動かし、引き出しの外に出てくる。彼が歩みを進めるたびに、腐った体液で、部屋の中の床に、濡れて、引きずられた痕が残った。 『合』は、まず、彪に、全身から『邪気』を放つ風を浴びせてきた。彪が、片手を上げ、『結界術』を張り、暎蓮を護りつつ、言う。 「……なるほどね。……しっかし。街の『仙士』の『術』も、侮れないってことがよーくわかったよ。……まったく!」 彪は、言いざま、片手を出して、『合』に向かって、自分の『聖気』を塊にしたものを、次々に、位置を変えてぶつけてやった。 『聖気』がぶつかった箇所から、黒煙が上がって、『合』の肉体が少しずつ崩れる。だが、それでも、『合』は、笑っていた。 「彪様、……この方、すでに……」 暎蓮が、彼の肩につかまり、彼とともに後ろに下がりながら、言う。 「うん。普通の精神状態じゃ、ない」 彪は、床から、先ほどまで自分が使っていた『邪気』を込めた杭を取り上げて、迫ってくる『合』の姿を見ながら、暎蓮に言った。 「……お姫様。『合』は、実験体にされたのかもしれない」 「実験体?」 暎蓮が、後ろから彪の顔を覗き込む。彪も、『結界術』を強化しながら、彼女に顔を向けて、うなずいた。 「……『合』に渡された『邪術』の多くは、『現代式』だ。この『邪術』を考案した『仙士』は、『合』を使って、『邪術』の練られ具合を確認して、しかも三十年にわたって、『合』からお金までとってた。この事実を踏まえると、……俺は、『合』は、悪い『仙士』に『使い捨て』の実験体にされたんじゃないかと思う」 暎蓮が、単衣の袖を口に当てて、絶句した。……そして、声を絞り出す。 「……なんてことを……」 「まあ、だからって『合』に同情するべきかどうかは別の問題だけれどね。この男も、相当ひどいやつだったらしいから」 そう言いながら、彪は、杭を使って彼の『結界』を破ってこようとする『合』に向けて、時間稼ぎに、開いた扇で『破邪の風』を送った。……しかし、実体を持っている『合』には、その攻撃は、体の表面を少し焼かれた程度の痛みにしか感じられなかったらしく、彼は全身から黒煙を上げつつ、再び彪と暎蓮に迫った。その顔が、狂気を宿した笑みを浮かべている。 ……それはともかく、まずい。長丁場の戦いで、自分の『聖気』も残り少なくなってきたのだ。 相手の力は、さすが『仙士』から何度も力を受けているだけに、しぶとい。 しかし、彼は、暎蓮をおびえさせないように、軽口をたたいた。 「あーあ、この部屋、こんなになっちゃって。……あとで、俺が修復するしか、ないんだろうなあ。こんなことになるなら、最初から、部屋の外に出てもらって戦えばよかったよ」 思わず半分くらいは本音の愚痴が出る。 「彪様」 暎蓮に向かって振り返り、笑ってみせる。 「大丈夫だよ、お姫様」 暎蓮は、彪に微笑んだ。 「はい。大丈夫です。……私には、彪様がついていてくださるのですから」 それを聞いた彪が、思わず顔を真っ赤にする。……だが、彼はすぐに、まじめな顔になって、『合』に向かい、言った。 「……正気を失くしたあんたに今さら言っても仕方がないことだけれど。一応、言わせてもらう」 『合』が、杭を振り上げようとしていた手を止めて、彪を見る。 「……まったく、あんた、聞けば聞くほど、本当に、恨みつらみばかりで、しかも、なんでも人のせい。さっきも言ったけれど、はっきり言って、気に入らない。……だから。……その『邪念』、……悪いけど、滅させてもらう」 「黙れ、小童が!」 笑っているのか、怒っているのかわからない不気味な声音で、『合』は叫んだ。 暎蓮に、彪は耳打ちした。 「俺が、もう一度、『縛術』をかけて、やつの動きを封じてみるから、お姫様は、弩でその瞬間を狙って」 うなずきかけた暎蓮が、はっとしたように言った。 「……まずいです、彪様!」 「え?」 「……『破邪の矢』は、先ほど使ってしまいました」
|
|