彪が、顔を険しくして、全身から『聖気』を発し、布陣の構成に力を込めるが、『合』は、何度も何度も同じところに体当たりしてきた。 そのうち、『合』の肩の部分が、折れたのだろう、片腕がだらりと下がった。しかし、彼は、奇声と涎を振りまきながら、同じ攻撃を幾度もしてきた。 「……お姫様、このままで。時期が来たら」 「はい!」 彪の後ろで、暎蓮が真剣にうなずく。 『入らずの布陣』の壁に、ひびが入った。……二人は、ごくりと喉を鳴らした。 (『結界』が、破られる……!) 次の瞬間、彪は叫んだ。 「……狙って!」 「はい!」 『入らずの布陣』の壁が破られ、至近距離で『合』の顔が笑った瞬間、暎蓮は、彪の肩越しに、弩を発射した。 『破邪の矢』は、まっすぐ、『合』の眉間に向けて飛び、そこに突き刺さった。 『合』の人形である体に刺さった『破邪の矢』から、暎蓮の『聖気』がしみだし、彼の体が七色に光る。全身に『聖気』が行き渡ったところで、その体から、『邪念』が焼かれ、黒煙とともに、『合』の『邪念』は離れていった。 『ま、まさか……!』 『合』の『邪念』は、最後の体を失って、すでにただの煙のような姿で、それでも愕然とした声を発した。そのまま、今度は、すでに荒れ放題の自室の、寝台に向かって、空中を飛ぶ。彪と暎蓮も、『入らずの布陣』を解除して、それを追った。 寝台の下の、横長の引き出し部分の前で、『合』の『邪念』は止まった。 「……そこか!」 『合』が、引き出しに入ろうとしているのに追いついた彪は、扇を開き、『聖気』を込めたその風で、『合』の『邪念』を吹き飛ばした。その間に、寝台のカバーをめくる。 「『封印』……!」 暎蓮も、追いついて、それを見た。引き出し部分の上部を、荒縄に『符』を貼りつけた、『封印の術』が覆っていた。 「ご自身のお体も、封印なさって、保存しておかれたのですね」 『ま、待て!……私に触るな!』 『合』の『邪念』が再び彪に向かうが、彪は、気合を込めて、 「……うるさい!」 と、怒鳴った。その気迫に、『合』の『邪念』が再びはじき飛ばされる。……彪は、そのまま、懐から、小刀を取り出して、荒縄を切断した。『封印』を解いて、引き出しを引っ張り出す。 『こ、この体に戻れさえすれば!私はまだ……』 『合』の『邪念』を放っておいて、彪と暎蓮が見たものは、眠っているような姿の『合 前五』の体だった。……しかし、この体は、まだ若そうだった。おそらく、『封印の術』を、何年も昔にかけさせたのだろう。だが……。 「変色している」 彪は、言った。……よく見ると、一見保存状態がよく見える体だが、皮膚が変色し、体の下には生きた無数の虫がたかり、寝台の引き出しの底は、すでに朽ち果てて、『合』の体から出る体液が染みたからだろう、底が半分抜け、床にも大きなしみができ、それにたかったあとの、たくさんの虫の死骸までもが残っていた。 『ば、馬鹿な!』 『合』は、自分が見たものが信じられないと言ったように、叫んだ。 『……こ、この『無間邪術(むげんじゃじゅつ)』……!……つ、使い捨ての体と!この生身の本体さえあれば、私は、永遠に生きられ、そうすれば、妻も羅羅も『地獄界』へと落とせるから、と、あの『仙士』が言ったはずなのに!……どうしてだ!』 「そんな都合のいい話を、金なしで『仙士』が言ってくるわけがないだろう。……あんた、その『仙士』に、いくら払ったんだか知らないが、相当な無駄金を使ったようだな」 彪は、冷ややかに言い放った。 『馬鹿な!』 『合』は再び叫んだ。 『人間一人が、一生分暮らしていけるほどの金を、この三十年間、毎月払いつづけてきたんだぞ!』 「だから、言っただろう。あんたは、その『仙士』に、一杯喰わされたんだよ」 『これは、本当に、私の体なのか!?私は、もう、この体には戻れないのか……!?』 「戻れるわけがないだろう。この体がすでに死んでいることくらい、あんたも見ればわかるはずだ。……ついでに言うなら、魂なしで、死体をよみがえらせようとしたら、魔物になるって、その『仙士』に言われなかったか?……この体にはもう、あんたの魂が入っていないんだ。今のあんたは、魂の残りかすみたいなものだよ」 『そ、それじゃあ、私が生き返ることは』 「この腐りかけた死体がもとに戻るわけがないだろう。……できたとしても、それこそ、あんたの命と引き換えに、だよ」 吐き捨てる彪に、 『い、いや!まだ、……わからん!』 『合』は叫ぶと、勢いよく『合』本体の体に飛び込んだ。 「!」 彪と暎蓮は目の前で起こる信じられない光景に、目を見張った。……死体が、『合』の邪念をしみこませ、じわじわと動き出したのだ。しかし、二人は、胸のところで組まれていた『合』の両腕がほどかれだした時、合点がいった。 『合』の胸に、『符』が貼られていたのだ。『合』の『邪念』……魂の残りかすが、そこにしみこみ、『符』の力が増幅され、死体が動いているのに違いなかった。
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