「彪様!……後ろです!」 暎蓮の声が聞こえた。 彪は、はっとして振り返ろうとしたが、その時にはもう、彪の後ろ首は、新たな『合』の体に捕えられていた。 「!?」 彪は、必死で目を開けた。……前にも、『合』がいる?……いや。 自分の周りに、だんだん、『合 前五』が増えていっている。横目で見ると、棚に詰まっていたはずの、あの大量の木彫りの人形が、ほぼなくなっていた。 (これだけの数の人形に、自分の『邪気』を分散させているのに、『妖力』が衰えていない……!?) どういうことだ、と彼が思った瞬間、彼の首は、後ろから摑まれている手によって、締め上げられ、持ち上げられた。彪の軽い体が持ち上がる。 彪は、息を詰まらせ、もがいた。 「彪様!」 後ろの『結界』内から、暎蓮が出て来ようとするのを、彼は無理に首を振り向かせ、かすれた声で、 「……来ちゃ、だめだ……!」 と、止めた。彼の言葉は、ほとんど通じなかっただろうが、暎蓮が、彼の表情を見て、びくりとしたように動きを止める。 彪の目の前に立っていた、短刀を手にしている『合』が、言う。 「そうだな。『斎姫』にも訊いてみようか。……私とともに、来るか?私に傅くと約束すれば、この小童も生かしておいてやってもいいぞ。……だが、断るなら話は別だ。その時は、この小童もろとも、お前も、殺す」 暎蓮は、すぐには答えなかった。そして、言った。 「彪様!」 彪は、無理に振り向こうとしているために、斜めになった顔で、それでもなんとか、彼女に向かって、にやっと笑ってみせた。 「…………」 暎蓮は、それを見て、……微笑んだ。言う。 「『合』様」 「なんだね」 「残念ですが。あなた様は、思い違いをしていらっしゃいます。『力』で『人間(ひと)』は動かせません。それは、殿方であろうと、女性であろうと、同じことです。……そして、また、『巫覡』も」 暎蓮は、はっきりと言った。 「私たち『巫覡』は、そのお役目に誇りを持ち、『天帝』様に仕えています。そこには、利害など関係はありません。ただ、ただ、我欲を消し、『天帝』様のお声に耳を傾ける……。それこそが、私たちの『使命』の完遂なのです」 暎蓮は、懐から、『破邪の懐剣』を取り出した。その刃を抜きつつ、言う。 「私たちを、見損なわないでください。私たちは、たとえ、あなた様と刺し違えてでも、あなた様のその『邪欲』を消し去ります。たとえ私を殺したとしても、彪様があなた様を滅します。その逆も。……今、あなた様は、彪様のお命を握っていらっしゃるとお思いのようですが、……もし、彪様になにかなさったら」 暎蓮は、強い目で、『合』に言い放った。 「その時は、私があなた様を許しません。そのようなことになったら、私が、今すぐに、私の力のすべてを使ってでも、あなた様を滅して差し上げます。……その事実を、よく、お踏まえになって、ご行動なさって下さい」 「なに……!?」 彪の正面にいた『合』が、暎蓮の入っている『結界』に近づこうとして、彪の周りを取り囲んでいた無数の『合』の人形の群れを割った。その動きに押され、彪の足が、地面に届く。 彪は、その瞬間を、逃さなかった。懐から、護身用の『符』を摑みだすと、後ろ手で、彼の首を握っていた『合』の一人の胴体に向けて、それを思いきりひっぱたくように貼りつけた。手で、その『符』を押さえながら、『言の葉』をかける。 「……散(さん)!」 彪の首を摑んでいた『合』の一人が、彪の『符』の力で、木端微塵に霧散した。 息苦しさからは逃れたが、思わず彪の膝が崩れる。その彼の体めがけて、無数のなにかが飛んできた。 「!?」 彪が、反射的に床を転がり、そのなにかから逃れた。転がりついでに、周りにいた『合』たちの脚にぶつかってやり、彼らも倒してやる。 彪の体にぶつかり、もんどりうって倒れてくる『合』たちの硬く軽い体の隙間から、彪は、ぷはっと息を吐きながら、顔を出した。そこへ、また『合』の一人が、なにかを投げつけてくる。彪は、反射的に顔の前に片手を出し、『結界術』で壁を作った。その壁に、どどど、と重い音を立ててなにかが突き刺さる感触がする。 彪は、刺さっているそれを見て、はっとした。 ……『邪気』を宿した、楊枝のような木片だった。しかし、それを見ている間にも、倒れていた『合』人形たちが起き上がり、彼に迫ってくる。
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