『合』の部屋の壁の、空いた空間から、部屋の中へ入り、そっと『合』に近づく。 彪は、妻と戦っており、こちらの動きに気が付いていない『合』に向かい、いきなり指をさし、 「……不動!」 と、彼の『術』の一つである『言(こと)の葉(は)』による『縛術(ばくじゅつ)』をかけた。 『合』が彪を振り向こうとする。しかし、『合』の体は、『縛術』によって、動けなくなっていた。そこに、妻が躍りかかり、『長爪』で『合』の体を袈裟懸けに切り裂いた。 『……やったわ!』 ほくそ笑む妻の目の前で、『合』の体は力なくくずおれたが、その時の音は、またしても、あの、からん、からん、という軽い音だった。 倒れた『合』の体から、またあの不愉快な笑い声が聞こえた。 「この体は、もはや使えないか。……仕方がない。取り替えよう」 『合』の体から、『邪念』が抜けていく。 「!」 彪は、その言葉に、なにかを感じて、顔を上げた。 『合』の体から抜けていった『邪念』が、どこかに流れ込もうとしている。 ……部屋の戸棚の観音開きの扉が、ぎい、と、勝手に開いた。 彪と妻、部屋の外の暎蓮は、三人とも驚きで目を見張った。 ……戸棚の中には、無数の木彫りの人形が並んでいたのだ。 『これは……!』 妻が、叫んだ。 ……そういうことか。今までの彼から、『人気』が感じられなかったのも無理はない。 『合』の本体は、ここにはいない。今まで、『仙士』の『術』を使って、自分の『邪念』を増幅させ、それをこの木彫りの人形に送り込み、一時的に『合 前五』を具現化させていたのだ。……これでは、妻の、三十年かけて作り上げた『怨念』による『迷宮』に送り込まれても、ダメージがないわけだ。 『合』の体から抜けた『邪念』は、次の人形に入り込んだ。人形は、カタカタと揺れ、次第に大きさを増し、顔つきが変わり、……もとの、宮廷勤務者の正服を着た、新しい『合 前五』が出来上がった。 「さあ。……第二幕を、始めようか」 『合』はそう言って、『邪念』が抜けた、今までの自分の体だった、ひびが入って、もとの木彫りに戻った人形と、それがまとっていた、あちこちが破れて汚れた正服を、片足で無造作にのけた。足を踏みしめ、片手にまたあの短刀を握る。 『ど……どうすれば、滅せるの、この男を!?』 妻は、霊体にもかかわらず、動揺を隠しきれないのか、髪を振り乱して、彪に尋ねた。 「いくらこの人を滅しようとしても、ここにこれだけの数の『体』があるんじゃあ、終わりはないよ。本体を探して、とどめを刺さないと……」 彪の言葉に、妻は、 『その、本体っていうのは!?』 と、叫んだが、彪はそれに答える前に、『聖気』を手に集めて、霊体に直接触れる形で、妻の体を突き飛ばした。 それまで、妻の霊体があった空間に、『合』の持つ短刀の刃が伸びていたのだ。彪と妻がしゃべっている間に、体を取り換えたことで、うまく『縛術』から逃れたらしい。それに気が付いた妻が、 『……『巫覡』様!』 と、思わず叫ぶ。彪は、彼女の前に『結界術』を張ると、 「奥さん、そのまま、下がって!……お姫様のところまで。俺の『結界』内にいて!」 『でも……』 妻が言うが、彪は、 「余計な禍根を残すわけにはいかない。……この男は、俺が仕留める。『巫覡』の名にかけて」 と、言い切り、問答無用で、彼女の霊体を彼の後ろ、暎蓮のところまで下がらせた。暎蓮が、一時的に彪の『結界』に穴をあける形で、彼女を中に迎え入れる。 それを確認すると、彪は、再び前を向いた。正面には『合』がいて、鼻持ちならない顔で、笑いながら彼を見ている。 「お前みたいな小童に、私を倒すことができるかな?」 彪も、笑った。言う。 「……無理でも、やるよ。俺ははっきり言って、あんたみたいなやつが、気に入らないからね。もとのあんたがどういう人間だったのか知らないけれど、『巫覡』であった事実があったこと自体、奇跡に聞こえるくらいだよ」 「ほう。言ってくれるな。……まあ、いい。死ぬ前の置き土産ということで、許してやろう」 「果たして、そうなるかな?」 彪も、『合』の口調に似せた言い方で、言い返した。それを聞いた『合』の顔が、険しくなる。 ……二人は、睨み合った。お互い、じりじりと近づく。
|
|