『合』が、再び短刀を構えた。『邪気』は、その短刀に張られた『符』から大きく発されている。それを感じ取った彪は、叫んだ。 「……この『邪気』は、あの『符』を『合』さんに渡した、『仙士』の力の残りを『合』さんの『邪念』で増幅した結果か!」 「『仙士』様の力の残りは、やはり、あの短刀の『符』から発されているもののようですが。……その、力の『残り』だけでも、これだけの『妖力』を発することが出来るものなのですか」 暎蓮が、彪に尋ねた。 「よほど大きな『力』……『気』を持った人じゃないと無理だよ。……俺も、こんなに簡易で、しかもこれほど強い力を発する『仙士』の技は初めて見た」 彪が、呆然としたまま、言う。 「……たかが、『仙士』に。これだけの『気』と、『技』を持てる者がいるのか……!?」 暎蓮が、少し間を空けて、まじめな顔で言った。 「とにかく、彪様。『合』様は、すでに『邪』。私たちは、『巫覡』として、あの方を滅するお役目があります。それを完遂しないことには、羅羅様も、奥様も、救われません!」 「うん」 暎蓮の言葉に、彪も、顔を厳しくして、うなずいた。 「お姫様、……羅羅さんの魂を」 「はい」 暎蓮が、力をほとんど失いかけている羅羅の魂に、自らの『聖気』を送り込み、彼女の魂に少しだけ『気力』を戻させてから、自分の単衣の袖の中に彼女の人魂をそっとしまった。 ……一方、その間にも、妻と『合』の戦いはつづいていた。とはいえ、妻は劣勢だった。 『合』は、短刀での、連続する突きを、妻に向けて繰り出し、妻は霊体ならではのスピードでそれを避ける。その合間に、彼女も何度も『合』に向けて、『長爪』を向けるのだが、その長い爪は、『合』の短刀の力によって、斬り飛ばされてしまうのだ。妻が、その度に、歯噛みしながら後ろに下がり、斬られた爪を再び長く伸ばす。 「お姫様、おかしい。『合』さんから、……『人気(じんき)(すべての人間が持っている『気』のこと)』がどんどん抜けていくのを感じない?」 「……今、私もそう思っていました。と、いうことは、今まで感じていた、『合』様の『人気』。これはもしや、『作られた』ものなのでは………」 「『合』さんのあの肉体も、もしかして」 と、しゃべっている二人の『結界術』の壁に、妻の猛攻から逃れようとして地面から壁へと跳んだ『合』の体が、誤って、激突した。彪が、瞬間的に『聖気』を手に込め、『結界術』を強化して、暎蓮を護る。 『合』の体が、『結界術』の壁にぶち当たったが、その肉体が発した音は、肉に衝撃を与えた時のような、鈍い音ではなく、からん、からん、という、硬くて軽い音だった。彼はそのまま、『結界術』の壁から素早く離れ、再び妻へと攻撃を開始し始めた。 「……お姫様、今の音!」 彪が言った。暎蓮も、顔を厳しくして、うなずく。 暎蓮がはっとして、言った。 「彪様!『合』様のあのお背中の……」 見ると、『合』の背中に、細かいひびが入っているのが見えた。 「こりゃあ……」 彪がつぶやき、眉間にしわを寄せた。 「彪様」 暎蓮に、彪は言った。 「お姫様は、この『結界』の中にいて。……確かめる」 「……で……ですが……」 心配そうに言う彼女に、彪は笑って見せた。 「大丈夫」 彼はそう言うと、暎蓮の周りに『結界術』を張ったまま、自身は外に出て、『合』の動きを探った。
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