やがて、土が、盛り上がり始め、動き出した。 『合』が高笑いして、 「こいつを殺せれば、私の勝ちだ!」 と、叫んだ。 「……『合』さん、あんた……!」 『合』のあまりに驚かされる行動に、彪が愕然として、つぶやいた。 「……彪様!」 遺体がよみがえるところなど初めて見るのだろう、恐ろしくなったのか、暎蓮が、彪に身を寄せる。その彼女の動きに、我に返った彪は、暎蓮の肩に手をかけ、うなずいてみせた。 「大丈夫、お姫様。……お姫様のことだけは、必ず、俺が、護るから」 それを聞いた暎蓮は、瞳を潤ませた。……彼女もまた、しっかりと、うなずく。 土が崩れる音に、二人は再び振り向いた。 土がはじけ、辺りに飛び散る。 そして、そこから。?黒い塊が、地上に出てきた。……人間の、片腕だった。 もう片方の手先も、地上に出てきて、二本の手は、土を押しのけ、また、払い、遺体の肉体自体が、地上に出て来ようとしていた。 「彪様……」 「うん」 彪は、暎蓮に握られた手を、握り返した。 土の中から、もう変色した皮膚を持った、腐って崩れかかった衣服をまとった、女の姿が、起き上がろうとしていた。その首には、かつて羅羅の髪で縊り殺された痕だろう、黒いあざがある。 三十年前に死んだわりには、保存状態が良すぎる死体だった。やはり、『仙士』の『術』の力に違いなかった。 「私は……」 女は、かすれ声で言った。まだ、声もよく出ないようだった。 「お前は、羅羅だろう」 『合』にそう言われて、女は、我に返ったように、つぶやいた。 「私は、『瀬 羅羅』……。なのに、この体は」 「恨みを、晴らさせてもらうぞ」 『合』は、そう言って、短刀を構えた。 『合』は、自分の背後にいる妻にも言った。 「……お前も、それで、もう、いいな?」 そこで、信じられないことに、初めて、『合』に憑りついていた妻が、口を開いた。 『冗談じゃ、ないわ。……あなた。私が、知らないとでも、思っているの?』 一同は、『合』の妻を一斉に見た。 『……あなた……。確か、『羅羅』さん、と言ったわね』 妻は、自分の肉体に入った羅羅を見て、言った。 『確かに私はあなたに殺されそうになったけれど。私は、まだあの時、死んではいなかった。気を失っていたところを、街の『仙士』にここまで運ばれて……。どうなることかと思ったわ。その時、この男は、あなたの頼んだ『仙士』と取引して、私をその『仙士』に殺させて、そのうえで、ここに私を埋め、私の死体の『気配』がここから漏れない『術』をかけさせたのよ。だけど、一瞬早く、私は、この男になんとか憑りつくことができた。私が恨みを晴らしたいのはむしろ、……この男のほうにだわ』 「同じ『仙士』様が。……なんてことを……」 暎蓮が、袖で口を覆った。 妻は、つづけた。 『この男は、私と結婚したけれど、それは単なる気まぐれにすぎなかった。すぐに、私にも飽きて、鬱陶しがっていたわ。あれやこれやと言い訳を作り、女遊びも、散々していたしね。……つまり、口先だけの、本当は、情のない男なのよ。そこの『巫覡』様のおっしゃっていた通り、私が死んだその後も、街の『仙士』に頼みつづけて、自分が私にとり殺されないように、と、自分が私に憑りつかれていることが他人にわからないように、『術』が解ける前に、何度も重ねて同じ『術』をかけさせつづけていた。機会があれば、すぐにでも、憑りついた私のことも滅したいと思っていたくせに、なにかあったら、すべてを羅羅さんのせいにしようとして、長い間、羅羅さんを恨みつづけるふりをしていた。……ひどい人!』 「じゃあ、奥さんが『合』さんに憑りついたのは、『合』さんに、羅羅さんへの恨みを晴らさせるためじゃなくて、最初から、『合』さんを恨んで、『合』さんをとり殺すつもりでのことだったのか!」 それで、ようやく、数々の疑問点に合点がいった。彪は、『合』に向けて、言った。 「……羅羅さんへの『呪詛』も。ただの演技だったのか!?」 それに対して、『合』は、言った。 「『呪詛』は演技じゃないよ。……こんなしつこい女。たとえ、霊体だけでも、邪魔だ。ましてや、私を恨んで、『呪詛』をかけていたなんて、考えただけでも鬱陶しい。私を恨んで死んだのはわかっていたから、滅せるものなら、滅したいと、ずっと、思いつづけていたのさ。それがたまたま、『呪詛』という形を取っただけだ」 それを聞いた彪は、眉間にしわを寄せた。……彼は、強く『合』に言い放った。 「『合』さん。……あんた、羅羅さんと、奥さんに、謝れよ!」 「なに!?」 子供である彪に、叱咤されるとは思わなかったのだろう、『合』が怒りの形相になる。 しかし、彪は、そんな『合』の表情など歯牙にもかけずに、言い切った。 「もとはと言えば、あんたが悪いから、羅羅さんも奥さんも、苦しんで死んだんだぞ!」 「坊や……」 変色した肉体に入ったまま、土の中で座っていた羅羅が、彪の意外な言葉に、声を詰まらせた。 当の『合』は、今度は言い訳するように、叫んだ。 「わ、私だって、こんな女たちは願い下げだったんだ!もっと若く、美しく、従順な……そう、そこの『斎姫』のように!そんな女だったら」 「……あんた!」 彪が、本格的に怒りの表情になった。暎蓮も同様のようだった。 その時、ずるり、と音を立てそうな勢いで、妻は、『合』の体から離れた。『合』の目の前に浮かんだ妻の霊体は、言った。 『……あなた。もはや、なにも言わないわ。……死んで!』 妻の額から、角が生えた。顔が、鬼に豹変する。 妻は、部屋の外にいた、自分の肉体内の羅羅に言った。 『羅羅さん。……あなたの力も、少しお借りするわ。私も、もう、魂の力があまり残されていないの』 「えっ」 羅羅が、戸惑ったかのように声を上げた。 次の瞬間、妻は、羅羅に素早く向かい、自らの肉体に飛び込んだ。一つの体の中で、二つの魂が、強引に一体化される。妻の肉体の中から、羅羅の悲鳴が聞こえた。 「ええ!?」 今、目の前で起きた現象に、驚きのあまり、彪と暎蓮が、思わず叫んだ。
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