「『合』様のお力の一つには、亡くなられた奥様からの恨みの『念』を自分に取り込む形の、『怨念』の内包もあったようですが。……どうやら、このお二人、お互いに、『仙士』の方に、お相手を『呪詛』するお力をいただいていたようですね。……同じ『仙士』様にかどうかはわかりませんが」 「……『仙士』は、街にはたくさんいるし、普通なら、同じ人だとは考えられないけどね」 まだ呆然とつぶやいている彪の言葉に、暎蓮は、うなずきつつ、つづけた。 「ええ。……『術』がほどけにくかったのは、羅羅様の『呪詛』のものは、あらかじめ、『三十年間』という『時限式』の技を施されていたからかもしれませんが、『合』様のお持ちだった、ご自分の持つ『邪念』を隠すものと、奥様の遺体の『気配』を隠すほうのものは、この三十年間の間、数度にわたって、同じ効果のある『術』を、『仙士』様から施されていたからかもしれませんね」 そう言っている間にも、羅羅と『合』の戦いはつづいていた。羅羅の長い髪が、『入らずの布陣』内を跋扈し、『合』が、持っていた短刀に『邪気』を集め、その髪を切り裂き、その刃で羅羅を襲う。 「『合』様は、『仙士』様からの力のおかげで、すでに、常の人間としての能力を越えた『妖物』に近くなっていますし、羅羅様は、魂だけとはいえ、これだけの『怨念』の持ち主。……これは。やはり、お互いの力でしばらく削り合っていただかないと、滅するのも浄化するのも、難しそうですね」 そう言っていた暎蓮の足元に、『合』が口から吹いた流れ弾の『邪気』の塊が飛んでくる。彪は、あわててそれを、片手に『聖気』を集めて、防いだ。彼女の体を、下がらせる。 その時、羅羅が、信じられないことをやろうとした。 『お前の妻の体を、呼び起こしてやる!』 羅羅は叫ぶと、窓から部屋の外に飛び出し、土中に埋められた妻の遺体の場所に向かって行き、『合』を振り返って、にやりと笑った。 彼女が、自らの『怨念』を、埋められた遺体に込めて、妻をよみがえらせようと、霊体である両手を地面にかざす。 彪が、はっとした。叫ぶ。 「だめだ、羅羅さん!……離れて!」 しかし、彪の叫びは遅かった。次の瞬間、羅羅の霊体は、いきなり、土の表面で『邪気』でできた網のようなものに捕えられた。……これも、なにかの『術』の力が働いているのだ。 「『合』、貴様……!……これも、『仙士』の『術』かい!」 「お前の魂を捕え、『地獄界』に落とすためさ」 『合』はそう言って、高笑いした。 羅羅が、土中に引きずり込まれつつ、髪を振り乱しながら、『合』をにらみつける。 「今度は、私の番だ。これから、お前の魂を妻の遺体に入れて、よみがえらせる。そして、この短刀でおまえを妻ごともう一度殺し、今度こそ、『地獄界』に落としてやる。……そこの『巫覡』たちも。事情を知られたからには、邪魔だ。ついでに殺す」 「そんなこったろうと、思ったよ!」 彪が、眉間にしわを寄せて、毒づいた。 暎蓮も、 「やはり、そのおつもりでしたか」 と、言う。 そう言っている間に、羅羅の霊体は『術』に絡み取られ、どんどん、遺体の埋まっている土中に引きずり込まれていく。 「まずい、魂なしで、遺体をよみがえらせれば、魔物になってよみがえる可能性が高いけれど、奥さんの遺体に羅羅さんの魂を入れてよみがえらせて、その体をあの短刀で刺したりしたら、それこそ『符』の力で、羅羅さんの魂は滅されてしまう!」 彪が、立ちすくんだ。 「『合』さんは、それを狙っていたんだ!」 『入らずの布陣』内で、地鳴りがし始めた。 「……遺体が、よみがえる……!」 彪と暎蓮は、寄り添ったまま、土中を見つめた。
|
|