『合』は、懐から、柄の部分になにか『符』のようなものが貼ってある短刀を取り出すと、それで素早く、自分を捕えようとする、羅羅の、網のように形を変えた髪を切り裂いた。それを見た羅羅が、歯噛みする。 「羅羅さんの『気』に気付いていた?」 彪が、『合』の台詞に驚いて、叫んだ。……もう『巫覡』ではない彼が。……それに、あの短刀。なにか、外部から、『力』が与えられている。 「まさか」 彪が言っている間にも、 「……この、悪鬼め!」 『合』の顔も、先ほどとは違って、魔に憑かれた顔になる。その背後に、暗い表情の、鬼のような顔をした女が浮かび上がった。 ……暎蓮は、その彼女を見て、眉根を寄せた。……なにかが、おかしい。 「……やっぱり!……憑りつかれてる!」 彪が言い、それはその通りなので、暎蓮もそこにはうなずく。 『合』は、羅羅の『邪霊』から伸びる長い髪の攻撃を、今度は跳躍して、さかさまになり、天井に着地する形で、よけた。そのまままた、飛び降りて、部屋の床に着地する。……確かに、普通の人間にはできない動きだった。 羅羅が、歯を食いしばり、その口から牙が伸びる。彼女の手の爪も、長く伸び、羅羅はそれで、また『合』を襲った。『合』がそれを片手を出して、自分の持つ『邪気』を、まるで盾のようにし、防御する。その『気』の使い方は、『結界術』にも似ていた。 「……な、なんだ!?あれ……!」 それらを見た彪が、さすがに声を上げる。……あの『気』の使い方。常の人間にはできないことだ。 「あの盾みたいなの。……『結界術』に近いけど、『邪念』でできている。もと『巫覡』であったとしても、あの『気』の使い方。……普通だったら思いつくはずはない」 「『合』様のあの動きもです。……不自然すぎます。……これはもしかして」 暎蓮がそう言っている間にも、激しい霊波同士がぶつかり合い、その衝撃で、部屋が派手に揺れた。 彪があわてて、今度は、『清白宮』自体と、中にいるほかの人たちを護るため、外にいる自分たちと、『合』の部屋だけを囲む形で、『入らずの布陣』を敷きながら、隣に立つ暎蓮に、言う。 「やっぱり、お姫様の読み通りだったね」 「……いえ、そうではないかもしれません」 「え?どういうこと?」 「『合』様には、どこか外から、力が働いています」 彪が、はっとした。 「あの短刀の、『符』……」 「ええ」 「……『合』さんが、自分で作り上げた『符』?奥さんに憑りつかれている、その『怨念』の『力』かな?」 暎蓮がそれに答える前に、『合』は、今度は口から羅羅の魂に向かって自分も『邪気』を吐いた。羅羅が、長い髪で、自らの身を包み、繭のような形をとってそれを遮断する。 ……戦いに、一瞬の間があった。 その時、二人は、同時に同じことを叫んだ。 「『この三十年、お前のことを忘れたことなどなかったよ!』」 羅羅が、 『私を裏切っておいて、よくそんなことが言えたものだね。……おとなしく、『滅界』に落ちな!』 「お前こそ、私の妻をよくも殺したな!おかげで私は、三十年前からずっと、妻の亡霊に悩まされつづけて生きてきたんだ。……この女も、お前と同じくらい執念深くて、毎夜毎夜『恨みを晴らせ』と言ってきて、もう、たまらなかったよ。『恨みを晴らさないのなら、お前もとり殺す』とまで言ってきて……。街の『仙士』に頼んで、妻の『念』を少しずつ自分に取り込むことで、なんとかここまで生きながらえてきたがな。お前の『邪霊』を滅せれば、私の中から妻の念も消え、今度こそようやく安楽が来る。さあ、今すぐ、『地獄界』へ行け!」 「お姫様!『仙士』って……。……じゃあ、ここまで『恨み』を隠し通せていたことも、あの短刀の『符』も、そして、羅羅さんの最初の『気』に気付いていたことも」 彪が、改めて驚いた顔で言う。暎蓮も、やや、顔を厳しくして、うなずいた。
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