「ここからは、『遊戯室』で、お遊び開始です。お引越しも、そこで始めましょう。……とにかく、まいりましょう、彪様」 「『遊戯室』?」 「私がここ『雲天宮』に住み始めたのは、二歳の時からですから……」 彼女は、部屋を出ようとしながら、彪を振り返った。彪も、『彪様』人形を持ったまま、あわてて立ち上がる。 彼女は廊下に出て、歩き出しながら、言った。 「子供のころから、遊び相手は山緑一人でしたので、山緑がお仕事の間、一人で遊ぶ時もつまらなくないよう、先代のこの国の王様である『一王(いちおう)』様からのお許しを得て、この宮殿内に、私の父である『清河大臣(せいがのだいじん)』が、一人遊びをするための設備のある部屋……つまり、『遊戯室』を、もうけてくれたのです」 彼女につづいて歩きながら、彪は、彼女のその言を聞いた。 「……さびしかった?」 彼女の小さな背中から、どことなく沈んだものを感じた彪は、問うてみた。 「……『一人』というものは、よい時もありますが、大好きな方々が増えてくるようになると、それだけさびしくも感じられる時もあるものです。ですから、子供のころの私には、大好きな山緑が、そばにいてくれて、よかったのですが。……でも。山緑は、私の乳母でもありますが、この宮殿に勤務なさる方々の責任者というお仕事がありましたから、そういつも一緒にはいてもらえず。私は、子供のころに、一人で時を過ごすことも、多かったのです」 「じゃあ、今は、山緑さんもいるし、それから、扇様もいてくれて、よかったね」 暎蓮は、振り返り、彪に向かって微笑んで見せた。 「はい。そして、私には、彪様もいてくださっています」 彪は、顔を赤らめ、目を伏せた。 「お、俺なんか……」 「いいえ。……初めて彪様とお会いした時から、思っていたのです。『彪様と私の『気』の相性度は、抜群だ』と」 暎蓮は、照れている彪の手を取って、彼と手をつなぎ、今度は並んで歩いた。 「そして、それは、決して間違いではなかったのです」 彼女は、そう言うと、彼に向かってにっこりし、……そして、ある房の前で足を止めた。 「ここが、『遊戯室』です」 彪は、その入り口を見た。大きな扉の中央に、札がかかっており、その札には、『天地文字(てんちもじ)』で、……もしかすると、山緑が作ってくれたものかもしれないが、『えいれんのあそびば』とカラフルな布地でアップリケがついていた。 彪は、思わず笑った。 「ずいぶん、かわいいね」 「子供の時からのものですから……」 暎蓮は、さすがに照れたように、言った。 「さあ、中に入りましょう」 彼女はそう言って、彪のために扉を開けてくれた。中を覗き込んでみると、……思ったより、ずいぶん、広い部屋だ。……彪は、思った。 中には、今も体の小さな彼女や、彪ぐらいの子供なら、まだ遊べそうな、滑り台や、鞦韆(しゅうせん)(ブランコ)など、遊具の類がたくさん並んでおり、そのほかにも、人形遊び用だろう、リアルな家のミニチュア模型や、積木やブロックなど、それから、女児の好きそうな、人形、動物のぬいぐるみなど、おもちゃの数々が置いてあった。 (……確かに、かわいいけど……) 彪は、まだ小さかった彼女が、この広い部屋で一人で遊んでいたことを考えると、少し胸が痛くなった。……お姫様は、はたから見れば、恵まれた、貴族の『お姫様』だけど、……俺たち『庶民』と同じ気持ちを味わうこともある、『一人』の時もあったんだ。 そう思った彼は、腹を決め、暎蓮に付き合うことにした。 彪は、笑顔を作り、暎蓮に向かって、言った。 「それで、『引っ越し』は、どこにするの?」 それを聞いた暎蓮が、うれしそうに答えた。 「はい。……あの、おうちの模型がいいかと思います。ご一緒に、家具を運び入れましょう」 二人は、紙人形を片手に、家のミニチュアのところまで歩いていき、その周りに置いてあった、おもちゃにしては精巧な家具の数々を、選びだした。 彪は、暎蓮が楽しそうな姿を見て、自分もうれしかった。……これで、少しは、さびしかった思い出が、消えるといいけれど……。
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