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作品名:MILITARY DOCUMENTATIONED 作者:高木紀久

最終回   1
ソブレメンヌイ
ソブレメンヌイ級。駆逐艦(ミサイル駆逐艦)。ソ連製。総排水量(満載排水量)=7940t.中国名=杭州.主兵装としてウーラガン(対空ミサイル)、モスキート(対艦ミサイル)などを実装、Ka-28(対潜ヘリコプター)を艦載している。
特徴:
対空/対水上能力を重視して建造された、大型駆逐艦である。

T-55
中戦車。主力戦車。ソ連製。一時期中国陸軍の制式主力戦車。主砲は100mmライフル砲。
経緯:
ソ連で開発され、その友邦国(というか衛星国)であった中華人民共和国、東欧諸国圏、朝鮮民主主義人民共和国、キューバのみならず、中近東諸国などの〈第三世界〉にも多く輸出され、第二次世界大戦後に生産され始め、史上最も多く生産された戦車といわれており、その数は十万両を数え、いまだに(現在は2020年)多くの国で使用されている。

トビリシ
航空母艦。ソ連製。別名=ソヴィエツキー・ソユーズ,リガ,レオニード・ブレジネフ,アドミラル・フロータ・ソヴェツコヴォ・ソユーザ・クズネツォフ.総排水量(満載排水量)=59100t.搭載機数=50機前後. 主兵装として砲熕、ミサイルを実装している。
特記事項:
大型空母であり、通常動力艦である。(原子力空母ではない。)

SA-8ゲッコー
ミサイル車両。ソ連製。
解説:
特徴的なのは、その車体前部に備え付けられた二枚の巨大な金属盤である。この金属盤は、発射したミサイルを制御するためのものであり、二枚の金属盤から強力な電磁波を放射してミサイルを制御することができるものである。ミサイルは、有線ミサイルであり、ミサイル尾部からつながったワイヤーによる優先制御と、この金属盤からの電磁波による無線制御の二段構えでミサイルは操御される。
備考:
ミサイル車両としては他に「ガスキン」、「ヤガール」、などが存在する。

AK-47
突撃小銃。ソ連製。口径=7.62mm.初速=600/M
解説:
設計者の名前を取ってカラシニコフの名称で知られる。安価で高性能な自動小銃。ソ連ほかの多くの国々(おもとして共産主義圏)で、制式軍用小銃として支給された。

T-72
中戦車。ソ連製。主砲=125mm滑腔砲.装甲インチ=280mm(最厚部分),80mm(先端部分)
解説:
かつてのソヴィエト連邦陸軍の制式主力戦車。かつて西側のレオパルトUのライバル戦車であった。湾岸戦争当時(1991年)、イラク軍にも多数配備されていた。

ミグ
戦闘機。ソ連製。
解説:
一時期ソ連空軍の主力戦闘機。鋼鉄板金製造製の機体のものも存在した。非常に有名な戦闘機。冷戦期、東側諸国の代表的な戦闘機。プロペラ機、ジェット機の両方存在する。(流石に複葉機は存在しないようだが。)数多くの機種が存在する。なお、Migとは同名の戦闘機を生産している航空機会社の名称である。

T-80
軽戦車。ソ連製。主砲=51口径125mm滑腔砲.装甲タイプ=複合装甲
解説:
ソ連の主力戦車。第三世代戦車。

スホーイ
戦闘機。ソ連製。
解説:
デルタ翼機。ソ連(現ロシア)の次期主力戦闘機。ステルス性能あり。
追加事項1(背景):
ミグ社とスホーイ社は、近年(200X年)、企業合併・統合を果たしている。
追加事項2(中国との関係性):
殲は、このスホーイをもとに設計された機体である。

T-90
中戦車。ソ連製。主砲=51口径125mm滑腔砲. 装甲タイプ=複合装甲
T-72のベースとして製造された。世代的に第三世代戦車に相当する。
歴史的な経緯
T-90が製造されるに至った経緯については、湾岸戦争当時(1991年)にまで遡る。湾岸戦争とは、いまから(現在は2020年)三十年ほど前、イラクが隣国のクウェートに軍事侵攻したことに端を発する戦争である。当時イラクの国家元首(大統領)であったサダム=フセインが分時行動を催し、隣国の小国(産油国である)クウェートに侵攻、これに異を唱える西側諸国が連合軍(当時は“多国籍軍”と言われた。≒NATO軍)を編成、軍事侵攻するイラク軍に対し、対侵略戦争を開始した。これが湾岸戦争である。この時、制空戦、電子戦(湾岸戦争は、世界最初の電子戦であったといわれる。)を経て、地上戦が行われたが、この時、イラク軍が主力戦車として制式採用していたのが、ソ連(当時)の中戦車T-72だった。果たして西側多国籍軍とイラク軍との間に地上戦の戦端が開かれたが、結果は多国籍軍勝利となった。この時、多国籍軍側に諸般の事情から、当時西側最強と言われたレオパルトUは来てなかったが、多国籍軍戦車軍団の前に、T-72を主力としたイラクの戦車隊は一敗地にまみれた。この時、イラク軍の兵士が弱かったというのはちょっとありえないだろう。イランイラク戦争など、対イスラエル戦争を含むたびかさなる中東内戦/紛争に駆り出され、千軍万馬のイラク兵が弱兵のわけがないからである。この戦い(湾岸戦争)は、西側諸国とソ連のハードウェア代理戦争という形相を帯びていた(西側は、“代理”ではないが)。結果として東側最強と言われたT-72は、レオパルトUどころかレオパルトUと同様西側の戦車であるM1やチャレンジャー、シェリドンなどにも歯が立たなかったわけである(すくなくとも見た目上そのように見える)。ソ連は、このハードウェア代理戦争(西側は“代理”ではないが。)での敗勢が色濃かった。この“敗戦”は、ソ連の軍事府に衝撃を与えるに充分なインパクトを持っていた。そこで西側の陸戦力に対抗する目的で新たに生産されたのが、T-80であった。しかしながら、このT-80は、コストパフォーマンス等の問題から少数が限定的に生産されるに終わった。このT-80には、T-80Uなどのシリーズ車両が存在するが、T-80のシリーズでない新たな車両も建造された。それがT-90である。このT-90は、T-72をベースとした“中戦車”である。軽戦車から中戦車に戻ったわけである。(T-80は軽戦車。)このT-90は、コスパに優れ、性能もT-80Uに迫るものがあったため、T-80より多く生産されることとなったのである。


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