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作品名:漢学小事典 作者:高木紀久

最終回   1
道学::タオロジー(Taology)。老子の哲学を枢軸とする学術学派の一部門。

老子::道家思想の祖。

太公望::中国史上伝説の大元帥。

黄帝::中国史上伝説の大帝王。

荘王::模範的な君主。

孫武::兵法書『孫子』の著者、孫子。いくさの神様。

呉起::兵法書『呉子』の著者、呉子。本業は法家。

尉繚子::兵法書『尉繚子』の著者。秦の始皇帝の将軍。

李靖::兵法書『李衛公問対』の著者、李衛公。七世紀、唐の将軍。彼(李靖)が衛の封公であったことから李衛公の名がある。

李勣::李靖と並び称される唐初の名将。一時、左遷されるが、のちに召還され、尚書左僕射。

書籍四つです。1.『定本三国演義』2.『通俗三国演義』3.註解版『孫子』4. 註解版『孫子』脚注付

老学::ラオロジー(Raology)。老子個人の哲学、国家観、戦争観、交友関係に関する学問体系。

典籍四つです。1.戦国左伝2.戦国策3.隆中対4.韓非子

「自軍が数に優っている時には、正攻法で攻めるのがよい。自軍が数で劣っている時には、伏兵を用いるのがよい。」(『司馬法』用衆)

「集合することのできない組織は分裂状態にある。分散できない組織は膠着状態にある。」太公望

「おのれを知り、おのれを知り尽くせば、たとえ彼を知らずとも百勝して余りあるでしょう。」李衛公

東洋を代表する四つの典籍です。1.論語2.尚書(書経)3.礼記4.詩経

君子は富権を求めず。 〜老子〜

魯迅(Rushun)::近代中国を代表する文学者

勝者は、寛容なり。敗者は、不寛容なり。 〜老子〜

権勢は、理想に及ばず。理想は、生命に及ばず。 〜老子〜

顔淵::孔子の高弟

勝利を自分のものとしない。これは謙譲である。敗北を他人のものとしない。これは敬虔である。 〜老子〜

能く勝つ者とは、自分の持つ才能を最大限に活用する者である。逆に、自分にとって不利な地形効果で戦う者は、あまり勝てない。 〜孫子〜

鞠義::騎馬戦に長じた名将

成吉思汗::モンゴル帝国初代大ハーン。元帝国皇帝。

蛮::中華の国土の西南以西に存在した王国の名称

光(こう)、一点、悪(お)、在り。暗(あん)、一点、清(せい)、在り。 〜老子〜

道なきところ、道あり。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

人なきところ、人あり。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

節なきところ、節あり。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

義なきところ、義あり。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

徳なきところ、徳あり。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

蓄財の心(しん)なきところ、商機あり。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

経世の野心なきところ(国)に天下の帰趨は集まる。 〜兵法書『六韜』の中にある言葉〜

薫蕕::清(せい)と暗(あん)

トオリル=ハン(トオリオル=カン)::成吉思汗の盟友

耶律楚材::成吉思汗の参謀

新::王莽が創始した王朝の名称

管仲::斉の桓公の覇業を支えた名相

孫文::中華民国大総統

赤帝::南海竜王

八つの概念です。
1. 八華2.八宝3.八道4.八徳5.八卦6.八識7.八目8.八尋

老子の言わゆる八つの道(みち)です。1.四治.2.利他に励む.3.徳目を修める.4.自然との一体化.5.理想を実現する.6.自己を完成する.7.誉れを得る.8.求道.
以上の八つです。

四治の内訳です。1.治水.2.政治.3.礼治.4.法治.
以上の四つです。

伏義::三皇

女媧::三皇

神農::三皇

秦::戦国五胡の雄氐族の帝国の国号

陳震::蜀漢帝国の尚書令

秦の始皇帝の四大偉業(有形物篇)です。
1.咸陽宮の建設 2.驪山の陵(みささぎ)の建設 3.万里の長城の建設 4.兵馬俑坑の造営

秦の始皇帝の四大偉業(無形物篇)です。
1.中国全土の統一 2.度量衡の統一 3.通貨の統一 4.車幅の統一

韓非子::秦の始皇帝のブレーンとして、軍政両面にわたってその覇業を支えた人物。

陳勝呉広の乱::秦の時代に起こった、全国規模の農民叛乱。

陳勝::陳呉の乱(陳勝呉広の乱=秦代の大規模な農民叛乱)を指揮した人物。この乱(叛乱)の再生時には、張楚の王にまでなった。

呉広::陳勝の副将

近世中国の小大君(シャオタイクーン/XiaoTaikoon)(Major Minor)、四傑です。
1.汪兆銘2.張作霖3.劉少奇4.張学良

近世中国のビッグネーム(Major)、四傑です。
1.毛沢東2.袁世凱3.蒋介石4.周恩来

近世中国の別格(Extra Major)です。
孫文

司馬穰苴:
兵法書『司馬法』の著者。斉の将軍。
仕えた国…斉
仕えた君主…景公
推挙した人物…晏嬰
姓は嬀、氏は田、諱は穰苴。田完の後裔。軍政長官である大司馬であったため、司馬姓を名乗った。当時の斉では、外国(陳)からの亡命貴族で新興勢力の田氏が台頭しており、このことを旧来の貴族は快く思っていなかった。また、近隣の大国である晋や燕と領土争いを展開しており、当時の斉は内憂外患のただ中にあった、と言えた。そうした中にあって、斉の宰相であった晏嬰が、その軍事的才能を高く評価して推挙したのが、司馬穰苴であった。

チャイナロジー(Chinalogy)::漢学


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