アパート自体が魔に飲まれたような。
そんな地獄のような雰囲気だった。
錆びに錆びた有刺鉄線に囲まれた元建築物は、赤紫の夕陽に照らされている。
醜くカビ臭った壁面、べたりと埃をまとった、見ているだけで咳こみそうな窓ガラス。
看板はとっくに取り外され、少しの地震で崩れてきそうな怖さがあった。
エントランスのガラス扉も汚れきっていて、その奥にある暗闇は濁り、よく見えない。
「わたし」は、しがないライターにすぎない。霊能者とか、そういうんじゃないし。 だけど、この場所の不気味さはわたしを身震いさせるに足るものだった。
「嫌な感じの場所だね。」
彼氏兼カメラマンの彼の方を向く。ほっそりとした手足。童顔に不釣り合いな無精髭。見慣れた愛おしいその顔が、辛そうに歪んでいる。
「おれ、きついわ。お前、今回は自分で撮れよ。おれはパスして帰りたい。‥いててっ。」
ずっしり重たい一眼レフを私に押し付けようとする彼のつま先を、軽くふんずけてやった。
「廃墟ブログの成功は、君の写真技術と、わたしの文章力が合わさってこそ成し遂げられるっていうものよ。 わたし、写真苦手なんだって。あなた撮る人、わたし、感知して、書く人。 頑張らないと、わたしたち、一般市民に逆戻りよ。」
真っ黒なストレートヘアをわざとらしくかきあげ、芝居じみたものの言い方をするこの女性は、名前を「わたし」という。
クリクリとした瞳は髪の毛と同じ真っ黒な色をしており、唇は好奇心に彩られて紅くつやつやしている。
芝居じみたものの言い方と、どことなく滲み出る陰気さがなければ、そこそこ可愛らしいと言われる顔立ちをしているのかもしれない。
しかし、彼女は直接出会った人には愛されにくい人間なのである。
今の彼女を保っているのは、カメラマン兼彼氏の存在と、ブログの存在だ。
「わたし」は、廃棄の写真と、画像に合うポエムをブログに載せ続けて3年、アフィリエイトで底辺フリーターの月収程度は稼げるようになってきた、自称プロのブロガーだ。
ブロガーという立場の空虚さ、不安定さを棚にあげ、「わたし」は、自分を特別な存在だと思い込もうとしている。
アクセス数と、毎月の数万、フォロワー数、そんなものにしがみついている、その必死さが、彼女の魅力に陰りを与えている。
一方、「カメラマン」の彼。この男も、これまた冴えない人間であった。
「写真家として大物になる」と言い続けて10年。世間的にはとっくに結婚して子供がいてもおかしくない人間だ。
若く見えると言われる彼の顔には、フレッシュではなく、幼稚さが滲み出ている。
親の金で専門学校に通い、親の金で買った一眼レフを持ち歩き、毒にもクスリにもならないような写真を撮っては、コンクールに送り続けている。
二言目には「写真で大物に」と言う彼の作品は、この世に何の影響ももたらさないノイズである。
近年、写真で作れた唯一の収入は、某サイトのブロガーランキングで上位をキープしている彼女のサイトに載せる廃墟写真だけだ。
彼の写真単独では、技術的にも感性の上でも、とりたてて優れたものはない。しかし、彼女の文章と、彼の撮った廃墟写真が合わさったとき、不思議な魅力が発生し、人を惹きつけるのだ。
彼は、何の感慨もなく、ただ、一点の希望、誰かが自分を見つけてくれるのではないかという、希望にかけて、写真を撮り続ける。彼女の指示の場所へ向かい、彼女の指示の通りに、くだらない心霊写真を。
くだらない女の駄文と、くだらない男の写真が組み合わさり、人の注目を浴びる存在となる。
それは、彼女らが選ぶ廃墟が、ことごとく邪神世界を帯びているからだ。 彼女らが作品をつくるとき、知らず知らずのうちに魔がはたらくからだ。
そのことを わたしは まだ知らない。
「わたしは、わたしの実力を信じてる」 「おれは、おれにできることを続けるだけさ」
夢魔が彼女らの前頭葉に働きかけ、今日も封印を解く魔境へと誘ったのだ。
そのことをあのこたちはまだわかってない。
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