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作品名:眠れ、そして夢見よ 作者:時 貴斗

第6回   夢を見る 三
   三

「見て下さい」
 翌日、出勤してきた滝田に、いきなり美智子が飛びついてきた。
「ああ?」
 滝田はまだ眠い目をなんとか見開いて、彼女が差し出した「神秘の王国」という名の、科学雑誌らしきものを見つめた。
「昨日の夢ですよ。やっと見つけたんです」
 滝田は少しばかり思考が混乱したが、すぐに彼女が何のことを言っているのか分かった。
「ああ、昨日倉田さんが見た夢のことね。で、何が分かったって?」
「見て下さい。これです」
 ぼんやりとした視点が、彼女が開いたページの上をさまよう。昨日遅くまで学術誌を読みふけっていたことからくる眠気が、一気にふっとんだ。
「これは」
 滝田も昨日青年から話を聞いていたし、ビデオも見ていた。しかしそのぼやけた映像が何なのか、結局分からなかったのだ。
 そこにあったのはエジプトのギザの、スフィンクスとピラミッドの写真だった。
「なるほど」滝田はつぶやく。「これか」
「おはようございます」
 事務所内に元気のいい声が響いた。どうやら藤崎青年は昨夜十分な睡眠がとれたようだ。
「おや、何です?」
 青年が興味を示して二人が見入っている本をのぞきこむ。
「これは」青年は目を見開いた。「これか」
 何言ってんのよ、というような目で青年を見つめる美智子とは対照的に、滝田は両手をもみ合わせながら、「さあ、忙しくなるぞ」と言った。
 しかしいったい何が忙しくなるのか、言った本人にも分からなかった。やることといえば、相変わらず倉田氏が夢を見るのを待ち続けるだけなのだ。
「これってやっぱり、倉田さんが今古代エジプト人になっているらしいことと、関係があるのかしら」
 美智子は小首をかしげた。
「大ありですよ」青年が興奮した声を出す。「これは倉田氏が古代エジプト人になっているという、立派な証拠ですよ。彼は夢の中で、古代エジプトをさまよい歩いてるんですよ」
 滝田は口をすぼめた。
「まあ、そんな大げさなもんじゃないけどね。スフィンクスの夢くらいだったら、誰だって見るだろう? でもまあ、次に倉田さんが起きだした時に、はっきりするんじゃないかな。高梨先生の話だけじゃ、分からないからね」
 それにしても不思議だと、滝田は思う。夢というのは、その都度ころころと内容が違うものだ。しかし倉田氏が、例えば御見葉蔵氏にある一定期間変化し続けるためには、その間ずっと御見氏の夢を見続けなければならないことになる。そんなことが可能だろうか。
 無論、そういうことができる人々がいることは滝田も知っている。明晰夢を見る人がそうだ。夢の中で自由自在に行動でき、好きなように夢の内容をコントロールできるという、そういう人だ。現実の世界ではできないあらゆることが、夢の中だったらできるのだ。絶世の美女と食事をするのも、社長になって人をこき使うのも、思いのままだ。その人にとっては、夢は抽象的なつかみどころのないものではなく、現実世界とは独立して、はっきりと存在するもう一つの世界なのである。
 明晰夢が一般的に知られ始めたのは一九六〇年代だが、現在に至るまで睡眠研究のテーマとしてちょくちょく顔を出してきた。倉田氏もまた、明晰夢を見る能力を持っているのだろうか? しかも全くの他人の人生と寸分違わぬ夢を?
「常盤君」
「はい」
 美智子は何かを期待するような、にこやかな顔をした。
「コーヒーくれる?」
 美智子が不機嫌な表情でコーヒーメーカーの方に行くのを、滝田は遠くを見つめるような目つきでながめた。
 岩は四角形だった、と滝田は思う。全体的にぼやけた映像だったが、手前に転がっている岩はかろうじて見えた。きれいな直方体だ。
 もしも、現在のスフィンクスであるならば、その手前に転がっている岩は、元は四角形だったとしても、風化してもっと崩れているはずだ。
「はい」
 美智子が差し出したコーヒーを受け取り、一口含む。
 いずれにせよ、今の段階ではあまりにも情報不足だ。倉田氏が次の夢を見るまで、忍耐強く待つしかない。


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