十
「ひょっとしたらと思ったんですが、やはりそうでしたか」と、青年は言った。 滝田はベッドに腰掛けた青年と向かい合っていた。 「私の孫は将来宇宙飛行士になるのかい?」 「前にも言いましたが、僕のは行って見てきた事実です。今から何年後かは分かりませんが、必ずそうなります」 「私の孫はまだ二歳だ」 とは言ったものの、だからどうだというのだ。 滝田は心配だった。達夫が危険の多い宇宙飛行士になるなんて。しかも今の青年の夢ではあやうく死ぬところだった。この後もっと危ない目にあうこともあるかもしれない。 「僕ら、もう会わないほうがいいと思いますよ」 青年は物憂げに言った。 「え、どうして」 「僕は、おそらくこれからも月の夢を見るでしょう。もしも先生のお孫さんがとんでもないことになったら、僕はそれを先生にお見せしたくありません」 青年はまるで滝田の心を見ぬいたかのようだった。 滝田の心境は複雑だった。達夫の未来の姿をもっと見てみたいという気持ちと、もしも不幸なことになるとしたら、それを先に知ってしまうのが怖いという気持ちが混じりあっていた。 「しかし、あのままで終わったら、達夫が大怪我をおったのか、それとも無事なのかも分からないじゃないか」 骨は折れていないようだが、他のことは分からない。 青年は目をふせた。 「先生、僕は間違っていたのかもしれません。僕は、彼らの会話にタキタという名前が出た時、ぜひ先生に報告すべきだと思ったんです。でも、そうするべきではなかったのかもしれません。僕はこんな夢を見てしまうことを、全く予想できなかったんです。彼が重傷なのかどうかも、もう先生に知らせるべきではないのかもしれません」 自分は軽率であったと言いたいらしい。 過去を変えることには、誰もが危機感を持つ。それに比べて未来を変えることにはそれほど批判的ではない。むしろ積極的に未来を変えようという言い方さえされる。滝田にしても、このまま青年に孫を見守ってもらい、危なくなったら助けてほしいとさえ思う。が、それはできない。 時間移動をして未来に行く場合、歴史を変えてしまうことよりももっと大きな問題がある。それは、知りたくなかった事実を知ってしまうことだ。だが、もしそれが先に分かったのならば、なんとかそうならないように回避しようとすることができる。例えば、達夫が宇宙飛行士にならないように説得できる。だがここで、「運命」という、やや宗教的な考え方が出てくる。たとえ避けようと工作しても、結局は同じような将来になってしまうのではないか。 それでもやはり、達夫のその後が知りたいのだ。 「せめてもう二、三日、僕につきあってもらえないかい?」 「先生は最初、夢見装置には一度しかつなげてあげないと言っていませんでしたか?」 「それはそうだが、今は事情が違う」 「僕の目的は、先生に夢の中のタキタさんを確認してもらうことでした。もう目的は達成できました。ですが、今では反省しています。僕らの能力は、人に迷惑をかけすぎます。自分の夢のことは誰にもしゃべらず、おとなしくしているのがいいんです」 滝田は言葉につまった。それはないよ。君達の能力は科学の進歩に大きく貢献するんだよ。君達が沈黙することで、そのチャンスを逃すんだよ。 そんなことを言うつもりはない。科学の発展よりも一人の人間の方が大事だ。第一、この夢は公表すべきではないと考えたのではなかったか? 青年がそうしたいのならば、それを尊重する方がいいのだろう。 二人ともしばらく黙っていたが、やがて滝田が口を開いた。 「さ、送っていこう」 「いいです。今日は僕、バイクで来ましたから」 青年は立ち上がった。 「気が向いたら、また来ます」 だが彼は二度と来ないだろうと、滝田には分かった。
|
|