二
一時間後には患者の頭はそられ、ヘルメットをかぶせられていた。高梨の話ではレム睡眠行動障害の状態を示すのは一ヵ月に一度程度ということだったが、夢自体は毎日見るだろう。ただし信号が微弱すぎる場合は解読できないため、夢を観測できる機会は毎日というわけにはいかない。 ディスプレイに次々と描き出される脳波を、美智子は見つめている。こうして何か起こらないかと待ち続けるのは、実に退屈な作業である反面、ずっと緊張を強いられるものでもある。美智子も青年も、患者のささいな変化も見逃すまいと、ひたすらパソコンのモニターをにらみつけている。そして頻繁に立ち上がっては、窓から患者の様子をうかがうのだ。美智子が見下ろすその先には、まさにミイラという形容詞が似合いそうな、倉田恭介が長い眠りについている。その横では点滴が、患者の生命を維持するために、静かに薬液を送り続けている。患者の様子を見ていると、かわいそうと思う反面、鳥肌がたってくる。 そうして二時間ほどたっただろうか。 「疲れたわね。コーヒー飲む?」 そう言って美智子が立ち上がりかけたその時……。 「あっ!」 青年が短い声をあげた。 モニターのうちの一台に変化が起こった。中央に白い十字マークが静止していたのが、急に左右に動き出したのだ。 「眼球運動だわ」 アイマスクに仕込まれたセンサーが男の目の動きを感知する。 「常盤さん、脳波はどうです?」 美智子は慌ててディスプレイに目を落とす。 「レム睡眠よ。夢を見るかも」 人の眠りには二種類ある。レム睡眠とノンレム睡眠である。レム睡眠は脳が活性化された状態にあり、ノンレム睡眠は脳が休息した状態にある。レム睡眠ではその名前の由来である急速眼球運動(REM:Rapid Eye Movement)が起こり、この時に夢を見る。人は眠っている時にレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返す。ノンレム睡眠時にも夢は見るが、あいまいでぼんやりしているので夢見装置で捕えられない。 青年が大型モニターに向かうのに続けて、美智子もその黒い画面の前に立った。 「あっ、今光ったわ」 画面の中央にぼうっとした光の点が現れてすぐに消えた。二人が見ている前で、ずいぶんと間があって、今度は二度またたいた。 「来ますよ」 青年の言葉が合図ででもあったかのように、画面が薄っすらと明るくなってきた。白黒の、何千もの光の点が入り乱れ始めた。美智子はくいいるように見つめる。 画像は徐々に、ものの形を現してきた。ぼんやりとした風景、何か、黄土色の岩のようなものがごろごろしている。大きさはまちまちだが、どれもきれいな四角形である。あきらかに自然のものではない。その向こうに、大きな石像らしきものが映っている。なにか、虎のような、ライオンのような像、その左横に、大きくぼやけてはいるが、わずかに三角形と分かるものがある。 「あっ」 しかし、その映像は、長い時間待ってやっと現れたのに、あっという間に消えてしまった。画面は元通りの暗闇に戻った。 「撮れた? どのくらい?」 美智子は青年に顔を寄せて尋ねる。 「二秒ですね」 「たったそれだけ?」 美智子は腕組みして考えた。 「どこかで見たことがある風景なんだけど」両手の指を胸の前で組み合わせる。「どこだったかしら」 「あのライオンのような体は、たしかにどっかで見たような気がしますね。あまりはっきりと映っていませんでしたけど」 「巻き戻してみてよ」 青年がリモコンを操作し、映像を少し戻すと、再びあの、うすぼんやりとした石像が映し出される。もっとはっきりしていれば簡単に思い出せそうなのだが、なかなか思い出すことができない。それでも美智子はじっと考え込んだ。 「そうだわ!」 いきなり大声を出したものだから、青年がびっくりする。 「ちょ、ちょっと、常盤さん」 青年が止める声も耳に入らず、美智子は部屋を飛び出していった。
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