九
スピーカーのノイズ音で目を覚ます。いかんいかん、いつの間にか眠ってしまったようだ。画面には砂嵐が現れていた。二時間の間に二度夢を見ることもあるわけだ。青年が覚えていないだけで。 それは期待通り、さっきのシーンの続きだった。彼らの目の前には大きな谷が広がっている。タキタはここに落ちたのだろうか。 大変なことになった。こんな所に落ちて、助かるわけがない。 「おーい! タキタ!」 宇宙服の人物達が、崖のふちに手をついて叫んでいる。 「いたぞ! あそこだ!」 青年は近寄って下をのぞきこんだ。 かなり深い峡谷だ。その途中の岩場に、骨組みと車輪だけのおもちゃのような月面車がひっくりかえっているのが見えた。そしてそこからさらに下に、小さく白い人物がうつぶせに倒れているのだった。 危険だ。彼はかろうじて岩にひっかかっている。このままでは落ちてしまうかもしれない。 「しっかりしろ! 今行くぞ!」 ロープが放られ、宙を舞う。 「俺が行く」 一人がそう言って、縄をつかんで下り始めた。 ごつごつした岩肌に足をかけながら慎重に下っていく。ヘルメットの丸にタンクの四角が、だんだんと小さくなっていく。 月面車の横を通り過ぎた。 「あと少しだ!」 誰かが叫んだ。 頼む、生きていてくれ。それが誰であるにせよ。 「あっ」 誰かが叫ぶのと、モニターの前の滝田が声を上げるのが同時だった。男は足を岩にかけそこなったらしく、ロープをつかんだまま急速に降下した。 ひやりとしたものの、どうにかもち直したようだ。おかげでタキタに一気に近づいた。 「大丈夫か、ヒラタ」 ああ、あの男はヒラタというのか。ヒラタと呼ばれた男は、こちらに向かって手をふってみせた。 なんとか無事タキタが倒れている岩の上に下り立った。タキタの肩を揺さぶるがぴくりともしない。もう死んでいるのか? ヒラタはタキタを抱え起こしてロープにつかまった。だがタキタを抱えたままではとてもじゃないが上れない。上げてくれと手で合図した。 風景が仲間達の方へと動く。彼らは綱引きのようにロープを引っ張り始めた。ずいぶんと乱暴なことをする。綱がちぎれたらどうするのだ。 ようやく、崖のふちにつかまる手が現れた。仲間達が手助けする。ヒラタはタキタを地面に降ろした。 ぐったりとしている。 「おい、大丈夫か」 太いチューブを背中のタンクに差し込む。エアを送っているようだ。 タキタの体が動いた。うめき、右手を宙に伸ばす。よかった。彼は助かったのだ。 その後に仲間の口から出た言葉は、滝田を愕然とさせた。 「大丈夫か、タツオ!」 タキタ タツオ! それは他でもない。今年二歳になる、滝田の孫の名前だった。 「大丈夫……だ……」タツオはかすれた声で言った。「ブレーキが……きかなくて……」 「あんなポンコツに乗ってくからだ」 「どこが痛い?」と、もう一人が聞いた。 「どこも折れていないようだ……すまない」 青年はタキタに近づいていく。ヘルメットの中をのぞきこむように顔を近づける。滝田によく見てみろと言っているようだった。 左目の下にほくろがある。孫とまったく位置が同じだった。
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