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作品名:眠れ、そして夢見よ 作者:時 貴斗

第46回   新たな夢 六
   六

 滝田は自販機で缶コーヒーを買い、自分用に所長室でカップに注いでベッドルームに戻ってきた。
「どうでした? 撮れましたか」
 手帳にメモを取り終えた青年ははつらつとした顔で言った。夢は見た直後でないと忘れてしまうから、習慣になっているという。
「ああ、ちゃんと録画してある。見るかい?」
 滝田はベッドに腰掛けた青年と向かい合って座った。滝田がアイスコーヒーを渡すと青年はうまそうに飲んだ。滝田も一口すする。
「また今度にします。早く帰らないと母が心配するんで」
 いい子だな、と滝田は思う。
「私は君が寝ている間に見たけど、なんだかよく分からないな。ありゃいったいなんだい?」
「ああ、月の土を火星に持ってくんですよ。火星基地の建設計画がスタートしてるんです」
 青年はこともなげに言った。
「いったいいつの話だい? 何世紀頃なんだろう」
「さあ、何年かはまだ聞いたことがありません。ただ、そんな遠くの未来の話ではないと思いますよ。おそらく二十年後くらいだと思います。たぶんそのタキタという人物は……」
「何だね?」
 思わず身を乗り出す。
「いや、やめときましょう。第六感ですから。それに、僕は先生自身の目で確かめてほしいのです」
 なんて奴だ。もっと夢見装置につないでほしくてかけひきをしているのだ。だが、滝田はそれ以上問い詰めるような真似はしなかった。
「僕は先生が心配しているようなことはしませんから、安心して下さい」
「私が心配してること? さあ、なんだっけ」
「僕が未来の歴史を変えてしまうことです」
 たしかに、過去を変えるのは重大だが、未来の歴史を変えるのも問題だ。
「しようと思ってもできないんです。僕は、夢の中でしゃべれません。ものにもさわれません。夢の中の人物は、僕を見ることができません。魂みたいなもんですよ」
 未来を見る者。それは大変役に立つ。もしあの映像が本物であるのならば、将来の様子を現在の者達に伝える役目を果たす。だが、このビデオもまた闇に葬り去ることになるだろう。もし公にすれば、倉田志郎はどんな目にあうか分からない。
「月に進出した人類だって言ってたね。ところが今度は火星に行くんだという。あと、二十年で。宇宙開発はもうそんなに進んでいるんだろうかね。僕には信じられないけど」
 青年は握った缶コーヒーを見つめたまましばらく身動きしなかった。
「分かりません。ただ、あれは実際に見てきた風景ですから、将来ああなることは確実です。先生は予知夢だと言いましたけど、ちょっと違います。僕は予知なんかしていません。つまり、どう言ったらいいのかな」青年はりりしい眉を少しゆがめた。「あれは、行って観察してきた事実なんです」
 二十年も先の話だが青年にとっては既製の事実なのだ。
 もちろん、それはまったくのでたらめなのかもしれない。ごくごく近い将来については、確かに青年の言う通りになった。しかし遠い未来は、青年が言ったように、証明することができない。
「夢で見るのはあのクレーンだけかい?」
「いえ、月にはもう立派な基地ができていて、着々と開拓の計画を進めています。僕も何度も出入りしています。僕は見たり、聞いたりできるだけですけど。もうあと十年もすれば、一般の人も月に住めるようになるみたいですよ」
 やはり、青年にとっては既製の事実なのだ。彼の言う十年後は滝田にとっては三十年後だ。
 こんなに科学の発展が停滞しているのに、たったそれだけの期間で地球人が月面に移住するようになるのだろうか。滝田は、たまに帰ってくると自分が手をつけ始めた宇宙開発事業の自慢をする長男の言葉を思い出した。
「これからは宇宙の時代だよ。狭い地球から飛び出そうっていう時にさあ、親父みたいに人が寝ているとこばっかり研究してちゃだめだよ」
 ニュースでは静止軌道上の人工衛星が過密状態になっていることが問題になっていると報道されている。はるか上空で組み上げられた宇宙ステーションは十基もあり、それこそあと八年後には人が住めるようになるという。だから結構早いうちに、青年の夢の風景がその通りになるのかもしれない。
 青年はもう缶コーヒーを飲み終わったらしく滝田のカップを見つめている。
「今日は何で来たの?」
「電車です」
「終電には間に合いそうもないな。送っていこう」
「はい。お願いします」
 青年は立ち上がって頭を下げた。
「明日もまた来ていいですか」
「ああ、もちろん」
 滝田の方が頼みたいくらいだ。


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