五
午後十時過ぎ、脳波にシータ波が現れ始めた。青年はようやく眠りに入ったようだ。彼の言う通りだとすると二時間後には夢が見られるだろう。 隣の部屋は青年が寝やすいように、観察できる最低限の明るさにしてある。 滝田はまだ何も映さないモニターをじっと見つめ、息をひそめて彼の眠りが深まるのを待った。 十一時を少し過ぎた。立ち上がり、脳波計を見る。デルタ波の状態へと移行しつつあった。深い睡眠状態だ。 滝田まで眠くなってきた。首を激しくふり、両手で頬をたたく。 何かを待ちつづけるというのは、根気のいる作業だ。やたらと腕時計をのぞきこむ。九十分をすぎたが、何も起こらない。 十二時二十分、今日はもう無理か、と思い始めたその時、大型モニターの画面がゆっくりと明るくなっていった。砂嵐のような画面が現れ、何かの像をむすび始めた。 上半分が黒、下半分が灰色に分かれ、徐々にどこかの風景であることが分かってくる。それは、夜の砂漠のようだった。だがそうではあるまい。青年は、最近は月の夢ばかり見ると言っていた。これがそうなのだろうか。 青年の夢もまた、カメラで撮影する風景のようだった。視線は右の方へと動いた。白い板が四本の脚に支えられている。クレーンがつり下げた銀色の巨大な筒をそのテーブルの上に降ろそうとしている。二人の人間らしきものが運転席に向かって合図を送っている。大きな四角いバッグを背負い、ヘルメットをかぶった白っぽいそれは、一見ロボットのようだがおそらく宇宙服を着た人物なのだろう。 青年は傾斜の上の方にいて、彼らを見下ろす形になっている。 風景がそちらの方に向かって移動し始めた。だんだんと二人に近づいていく。 「すべて順調だ」 突然スピーカーから声が聞こえた。乾いた、電気的に変換されたような声だった。倉田志郎が聞いている音声だ。 「着陸船は二時間後には出発できるだろう」と男は言った。「三時間後には輸送船とドッキングだ」 たぶんもう一人の人物に話しかけているのだろう。男達は青年の方を向かない。 青年は、それが未来の風景だと言った。しかし滝田にはまるで映画かドラマの一シーンのようにしか感じられなかった。 「念のために第二タンクのチェックをもう一度やっておこう」と、もう一人の男が言った。 二人の会話は滝田にはチンプンカンプンだ。青年には理解できているのだろうか。というより、今この二人を見ているのは青年自身なのだろうか。それともアバターなのだろうか。二人は彼に気付いていないようだ。 「もうそろそろ交換した方がいいかもしれないな」 画面が二度瞬いた。 「誰に……だっけ?」 「ああ……言えば……」 声がとぎれとぎれになってきた。画面がだんだん暗くなっていく。夢の終わりだ。 「じゃ……任せた」 風景が静かに消えていった。
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