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作品名:眠れ、そして夢見よ 作者:時 貴斗

第41回   新たな夢 一
   新たな夢


   一

 太陽の光がカーテンの隙間から漏れている。滝田はゆっくりとまぶたを開く。何万光年も宇宙を旅してようやく目指す恒星にたどりついた宇宙船の乗組員が、冷凍睡眠からたった今覚めたかのように。ゆっくりと体を起こし、ベッドサイドテーブルの上にある目覚まし時計をつかむ。まだ五時だ。セットしている時間は六時だが、最近ではこの時計が鳴るのを聞いたことがない。
 歳とともに目覚める時間が早くなっていくのを感じる。大きくあくびをし、頭をかく。元は真紅に近い色だったのが、すっかり薄桃色に変わってしまったじゅうたんの上に足をおろす。
 カーテンを開くと薄い青色を帯びたような街が、もうすぐ起き出しそうな気配を見せていた。
 一段踏むたびに軋んで音を立てる階段を下りていく。だいぶ老朽化してきたな、と滝田は思う。滝田が老けていく早さに合わせて、この家もまた老いていく。売ってマンションでも買おうかと考えていた時期もあったが、何を今更と思う。
 台所に立ち、水が入れっぱなしになっているやかんがのったクッキングヒーターのスイッチを押す。冷蔵庫を開け、きゅうりの漬物と卵を一個取り出す。テーブルに置いてお新香のラップをはがすと、途中でちぎれて少しだけガラスの器の端に残った。それをはがして、大きい方と小さい方を合わせて丸めてごみ箱に放った。急須をたぐり寄せ、ふたを開けて中をのぞくと、湿ったお茶の葉が茶こし網にこびりついている。かえようか、とも思ったが、昨日一度しか使っていないことを思いだし、そのままにした。食器棚から小皿と湯のみと茶碗を取り出す。炊飯器を開け、昨日の残りをよそう。椅子に座り、卵を割り小皿に落とし、醤油の小瓶を握り、しずくをたらす。二滴、三滴。箸で混ぜると、黄味と白味と醤油とがだんだんとその境界をなくし、それぞれの意味を失っていく。ご飯の真中に穴をあけ、流し込む。
 そうこうしているうちにやかんから湯気が吹き出してきた。滝田は笛を開けたまま湯を沸かす。あの小うるさい音が嫌なのだ。
 座り込んでしまうともう一度立つのは面倒くさいと感じる。勢いを増す蒸気に急き立てられて仕方なく立ち上がる。
 熱湯を急須にそそぎ、ケトルをクッキングヒーターの上に戻し、ほっとして椅子に座る。しばらく待って湯のみにつぐと、ようやく朝飯の準備が終わる。ご飯と卵をよく混ぜてほおばる。きゅうりをかじり、お茶をすする。
 二年前までは、炊飯器など使わずコンビニで買ってきたレンジで温めるだけの米を食べていた。五年前はトーストと目玉焼きだった。
 この国の人間は歳をとるほど日本人に帰るのかもしれない、と滝田は感じる。どうして欧米化がいくら進んでも白米はなくならないのか。なぜレトルトご飯は味気ないと感じるのか。かまどで炊いていた頃の記憶は、しっかりと遺伝子の中に残っていて、歳をとるに従ってよみがえってくるのかもしれない。蒸らしたお米こそ、日本人の原風景なのかもしれない。
 今では洋食、和食、中華、様々な料理が、安いものから豪華なものまで、レンジで温めたりお湯を注いだりするだけでできる。二十一世紀に入って猛烈に科学技術は発展し、それはこの国の食生活も変化させたようだ。科学が進歩するほど、日本人は原風景から離れていくような気がする。
 だがその繁栄も、最近になってようやく落ちついてきたようだ。新しい世紀に入って続いた勢いも、さすがに終わりに近づくと萎えてくるのかもしれない。
 しかし一旦沈静してしまうと今度は停滞期に入る。睡眠研究の分野においても目新しい話題は出てこず、今までの大発見、大発明をつついたり、いじくり回したりするばかりだ。
 滝田は自分の身の周りがどんどん老いていくのを感じる。つまらない事を考えているうちにだんだんとまずくなっていく食事をやっと終え、顔を洗いに行く。
 洗面台に立ち、鏡に映る髪が真っ白になってしまった自分の顔を、滝田はぼんやりとながめた。


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