夢を見る
一
三日後、滝田睡眠研究所の玄関の前に救急車が止まった。その中から救急救命士達が下りてくる。助手席のドアが開いて高梨が姿を現す。 「さあさあ、こちらです」 待ち受けていた滝田が彼らを誘導する。担架に縛り付けられた痩せこけた男が運び込まれる。 「家族には治療方針を決定するために一旦他の病院に移して検査すると説明してあります」高梨が滝田にささやく。「本当に危険はないのでしょうね?」 「夢見装置は被験者の頭から出力される情報を得て、観測するというだけのものですよ。何かを脳の中に入力するわけじゃない。いたって安全ですよ。それに比べれば体の中にX線を入射するレントゲンの方がよっぽど危険ですよ」 慎重に階段をのぼっていく救急救命士達の表情は、エレベーターもついていないことに辟易しているようだ。 「こっちです」 藤崎青年が観察室の薄桃色の分厚い扉を開けると、みんなゆっくりと入っていく。患者を抱え、「せーの」と言ってベッドの上に移した。 男の様子は異様だった。痩せこけ、髪は八割がた白髪になっている。目はおちくぼみ、パジャマから出ている手足はまるでミイラのようだ。 「それじゃあ、滝田先生、お願いします」 高梨は軽く礼をした。 日に三度、医師が診にくることと、何かあったら小暮総合病院に連絡するようにということを告げると、彼らはひきあげていった。 寄付金とひきかえにこの患者の状態を調べること、論文のネタを高梨に提供することは、もう青年と美智子にも言ってある。汚い仕事だが、なぜ滝田が引き受けたのかといえば、それは患者の病態に興味をひかれたからである。なにしろ夢の中で過去の人物になるのだ。意義あるものに違いない。 「さてと、どうしますか」 滝田は両手を握り合わせた。 「この人……倉田さんでしたっけ? ものすごい怪力で暴れ回ったって言ってたじゃないですか」美智子は心配そうに眉をひそめる。「ベッドにしばりつけておいた方がいいんじゃないかしら」 「いや、そう神経質になることもないだろう。もしも何か起こったら、その時にそういうふうにすればいい」 滝田はあごをさすりながら答えた。 患者の顔は、安らかな眠りに落ちているとは言いがたかった。むしろ苦痛にあえいでいるかのような表情だ。その額にも、ほほにも、深いしわが刻まれ、くちびるは乾いてひびわれ、とうてい三十代には見えないのだ。眼球は頭蓋骨の二つの穴に落ちこんでしまっているかのようだった。
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