二
滝田が駆け込んだ時、ちょうど砂嵐がおさまるところだった。ぼんやりとした映像がだんだんとはっきりとしてくる。一つ一つの物体の輪郭線が、明瞭になってくる。 「倉田氏かな? それとも古代エジプト人か?」 青空をバックに、大きな三角形が浮かび上がってきた。いや、上の方が欠けている。どちらかというと台形に近い。それはピラミッドだった。上半身裸の男達が、その根元に群がっている。すると、古代エジプト人の方だ。 「この間の続きだとすると、ヒッドフト王のピラミッドを造っているところだわ」 「倉田さんは起きてる? 寝てる?」 「眠っています」 「起きてる?」というのも変な表現だな、と滝田は思う。レム睡眠行動障害時も目は覚めていないのだから。 真っ青な空には雲がわき立っていて、白熱した太陽が砂をこがしている。 「かわいそうだなあ、あの奴隷達」と、青年がつぶやいた。 「あら、奴隷じゃないわ。彼らは庶民よ。報酬としてもらえるビールのために、自発的に働いているのよ」 風景が動き始めた。謎のエジプト人は彼ら労働者達に近づいていく。 労働者のうちの一人が、こちらに向かって手をふった。ちぢれた髪の、口ひげをはやした男だ。若いのか、年寄りなのかよく分からない。痩せて肋骨が浮き出している。画面はその男に近づいていく。 「おや、顔見知りができたようだな」と滝田は言った。 男が何か二言三言しゃべると、画面が大きく上下にゆれた。うなずいたようだ。別の、太った男がロープを指差す。画面の両端から腕がのびてひもを握る。 「倉田さんは労働者の仲間入りをしたようね」 いったい何のために、と滝田は思う。ただ単にビールを飲みたいためだろうか。それだけならいいのだが。 エジプト人は顔を上げた。巨大な斜路が左の方からのびて、人々が石をピラミッドの上部に運び上げている。 「このピラミッドは、結局はなくなってしまうんでしょうね」と、青年が言った。 「そうだな。そうなってくれないと困る。残ると歴史が変わってしまう」 「先生はまだその考え方にこだわっているんですか」美智子が例によってつっかかってきた。「これは単に夢の中の風景にすぎないんじゃないかしら。実際に倉田さんがここにいるという証拠は、何もないんですよ。これが実際のその場の景色だという根拠は、何もないんです」 この間は倉田氏が古代エジプト人になっていることは確実だと言っていたくせに、と滝田は思う。 「そうだな。倉田さんが何か痕跡でも残してくれればな。何世紀も後になって我々が見ても分かるような跡を残してくれれば、確かにここにいたという証しが残るんだがな」 だが、それは危険な考え方だった。下手をすると歴史が変わってしまうかもしれない。しかし科学者の立場としては、ぜひ証拠を残してもらいたい、という思いもある。 大変な重労働を何万人もの人が何十年もかけて、一つのピラミッドを造るのだ。当時のファラオの権力がいかに偉大なものであったかが分かろうというものだ。 ロープを引っ張る腕を映しながら、画面が暗くなっていった。
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