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作品名:眠れ、そして夢見よ 作者:時 貴斗

第25回   古代――現代 四
   四

「つまり、今度は倉田さん自身になったって言うんですか?」
 滝田が昨日の話をした時、美智子は目を丸くした。
「ああ、おかげで悪い夢を見てしまったよ」
「しかも倉田さんの夢がテレビ電話になっただなんて」
 青年も驚きの声をあげる。
「記録は残っている。電話の内容も、ちゃんと録音してある」
「倉田さんの家に連絡して、事情を説明した方がいいんじゃないかしら」
「何て言うんだい? 倉田さんが夢の中で古代エジプト人になっていることさえ、まだ奥さんには教えてないんだよ。ここで何が起こっているか教えたら、パニックに陥るだろうね」
 聞きたいことは、山ほどある。倉田氏にも、倉田氏の妻にも、和田幸福研究所の和田氏にも。しかしそれが聞けないから、もどかしいのだ。
「倉田さんは前にも現代に現れていますよね」と美智子は言った。「あの時も、倉田さん自身として現れたんじゃないかしら」
 それは滝田も考えたことだ。当然、そういうふうに連想が働く。スパナを振り上げた手は細く青白かった。しかし滝田は、彼女の意見が聞きたくて、言った。
「どういうことだい?」
「倉田さんはずっとエジプト人で、昨日初めて倉田さん自身になったのではなくて、ある時はエジプト人、ある時は自分自身になっているんです」
「すると、今までの秩序がくずれるわけだ。順々に過去にさかのぼっていたのに、今は過去に行ったり、現在に来たり、自由自在に行き来できるようになったわけだ」
 それは、昨日から今日にかけて滝田がずっと自問自答してきたことだった。だが、答が出ない。美智子なら、何か目新しいことを考えついてくれるかもしれない。
「それは違います。倉田さんがどうして、順々に過去にさかのぼったって言えるんでしょう。エジプト人よりもインド人の方が過去かもしれませんよ。そもそも、倉田さんが前世の記憶をたどって過去に行ったっていう先生の考えにも、私は賛成できません」
「なるほど。前世案ははずれというわけだ。それじゃ常盤君は、どうして倉田さんが自由にいろんな時代に行けるようになったと思うんだい?」
「そんなの分かるわけがありません。今回の現象は分からないことだらけなんです。現代医学では考えられない睡眠障害も、倉田さんが御見葉蔵氏にとりつかれたようになったのも、古代エジプトもモニターが割られたのも、すべて人間の理解を超えているんです。私達がちょっとやそっと考えたくらいで、分かるわけがありません」
 やれやれ、いつものように非難するだけか。滝田はがっかりした。
 保守的だと滝田は思う。神のみぞ知る。全ては人間に分かるわけのないこと、では科学など発展するわけがない。不可知な事象を必死に分かろうと努力してきたからこそ、今の科学があるのだ。
 意外にも新しい考えを提示したのは藤崎青年だった。
「ひょっとして、古代エジプトにタイムマシンがあったりして」
 青年は照れて笑った。
「どういうこと?」
 滝田は青年に向かって顔を突き出した。
「あ、いえ、先生の前世案が正しいとして、古代エジプト人となった倉田さんは、古代エジプトでタイムマシンを見つけたんです。あくまで仮定ですよ。それで現在にも現れるようになった……なんて」
「馬鹿げてるわ」美智子の顔にありありと軽蔑の色が浮かんだ。「そのタイムマシンは誰が作ったの? まさか宇宙人が持ってきた、なんて言わないでしょうね」
「いや、すみません。僕は真面目に言ったつもりじゃ……」
「倉田さんはどうしてギザやサッカラなんていう、古代エジプトでは重要な場所にいるんだろうね」と、滝田は言った。「宇宙人だか未来人だか知らないが、彼らはタイムマシンで古代エジプトに行った。そして、ギザかサッカラのピラミッドのどれかにタイムマシンを隠した。それを見つけた古代エジプト人は、自由に時を越えることができるのを知ったんだ。古代人は恐れおののき、以来ギザ、サッカラの辺りは聖地になった。倉田氏はたまたまそのタイムマシンを見つけ、現代にも来れるようになった。そんな可能性が、百パーセント絶対にないとは、言いきれないと思うがね」
「よくもまあ次から次へと、変なことを考えつきますね」
 美智子の眉がつり上がる。
「ピラミッドは必ずしも、王のお墓だったとは限らないそうじゃないか。常盤君から借りた本に書いてあったんだけど」滝田は口をへの字に曲げた。「ギザの第一ピラミッドには、他のピラミッドと違って玄室が地下ではなく、地上五十メートルくらいの所にあるそうじゃないか。案外そこが、実はタイムマシンだったりしてね」
「馬鹿馬鹿しい。知りませんわ」
 美智子はそっぽを向いた。
 だが残念ながら、青年のタイムマシン案は却下になりそうだ。それだと、現代に現れた時の痩せ細った手が説明できない。その時には倉田氏自身になっているのだ。謎の古代エジプト人がタイムマシンを見つけたのなら、夢見装置に映る手も褐色でなければならない。
「僕の考えを言おうか。藤崎君の考えと似たようなもんだから、怒らないでくれよ。倉田さんは記憶をたどって前世にさかのぼったが、古代エジプトくらいに昔になると、記憶もかなりあいまいだ。だから完全に古代エジプト人になりきれずに、時々倉田氏自身に戻ってしまうんだ。これだと謎の古代エジプト人が、自分は誰で、どこの人間かも分からないことも説明がつく」
「御見さんは実在の人間なのに、まるでエジプト人は倉田さんの夢が作り出した架空の人物のような言い方ですね」
 そうかもしれない。エジプト人の方は実際に存在したその人とは違う偽者なのかもしれない。待てよ? すると倉田氏が死ぬとエジプト人も消えてなくなるのか?
「あともう二つ、今回の夢には謎があるんだ。一つは、謎の古代エジプト人の時には周りの人間には彼が見えていたのに、倉田氏の時には奥さんからは彼が見えていなかったことだ」
「幽霊じゃないんですか? ほら、幽霊だと姿が見えるのと、見えないのがいるじゃないですか」
 美智子は皮肉で言ったのだろうが、滝田はさも感心したような顔をしてみせた。
「なるほど。夢の中の倉田氏は、言ってみれば幽霊みたいな存在だ。自由に姿を現したり、消したりできる能力があるのかもしれないね」
 美智子のかわいらしいくちびるがゆがんだ。
「もう一つは、『人の夢をのぞくな』という文句だよ。倉田さんは、夢見装置で我々が彼の夢をのぞき見していることを知っている」
「そうよ。倉田さんは怒っているんだわ。だって、これはプライバシーの侵害ですもの。モニターを壊したのも、そのせいだわ」
「どうしよう。倉田さんを怒らせてしまった」
 滝田は狼狽した。滝田の心中を察したかのように、美智子が言う。
「彼、今度現れたら、夢見装置を壊してしまうかもしれませんよ。モニターだけでなく、全部」
「大変だ。なんとかなだめないと」
「古代エジプト人やインド人はなだめなくていいんですか?」と藤崎青年が聞く。
「三人は別人だろう。共通の認識を持っているわけじゃない。エジプト人はモニターが壊されたことを知らなかったようじゃないか」
 青年は腑に落ちない顔をしている。確かに、別の人物とは言っても一つの脳で起こっていることだ。
「どうやってなだめます? 夢見装置は彼の視覚情報を得る能力しかありませんわ。彼が何て言ってるのか聞くこともできない。こちらの話を聞いてもらうこともできない」
「できないことはないさ。彼が彼自身としてレム睡眠行動障害の状態になった時がチャンスだ」
「今のところ、御見氏や、インド人や、古代エジプト人の時にはあったけど、彼自身としてレム睡眠行動障害の状態になったことはないんですよ」
「入院前にはあったよ。しかし、眠ったままでも話せる方法がある。あれだよ」
 滝田は研究室の隅の電話を指差した。
「あれに張り紙をしておくのさ。『どうかこの電話をとって下さい』ってね。で、携帯でかけて話す」
 なかなかいいアイデアだと思ったのだが、美智子は納得していないようだ。
「だったら電話なんかいらないんじゃありません? 電話で彼の声が聞こえるのなら、この場で倉田さんがしゃべれば、みんなに聞こえるんじゃありません?」
 姿は現さないのに声だけ発するというのはなんだか変だ。
「この場と言っても、夢の中のこの部屋だよ。現実世界とつながっていない。倉田さんが夢の中でしゃべっても、それを聞くことができるわけがない」
「それじゃあ、電話だとどうして話せるんですか」
「倉田さんが夢の中の現象を、現実の事象として実現できるからさ。彼が夢の中の電話で話すと、実物の電話機にもその声が伝わると考えられないかね?」
 また、こじつけだわと怒られるかと思ったが、美智子はあきれたのか反論しなかった。
「あともう一つ、謎がありますわ」
「なんだい?」
「倉田さんが日本語で話すことです。どうして古代エジプト語や、インド語じゃないのかしら」
「夢の中のエジプト人は古代エジプト語でしゃべった。しかし僕達が声を聞いたのは倉田さんの口からだ。英語は少しくらい習ってるだろうが、たぶん日本語しか知らないと思うよ」
 美智子はうなずいたが、納得していないことは明らかだ。
「では、こちらの言葉がエジプト人に伝わるのはなぜなんですか?」
「うーん」これは難しい。「倉田さんはイタコのような状態になってるんじゃないか? 昔ある番組でアメリカの女優さんの口寄せを行った時、彼女の霊は下北弁で会話に応じたというのを聞いたことがあるよ」
 美智子は苦虫を噛み潰したような顔をした。全て滝田の仮説にすぎない。
「もう一つ謎があります」と藤崎青年まで言い出した。勘弁してくれ。
「倉田さんはこの部屋に現れて、次の日――というか二日後か、実際にモニターを壊しました。彼は予知夢を見て、夢の通りになるようにその時間になんというか、魂が抜けだして破壊しにきたのでしょうか」
「頭がごちゃごちゃしてきたぞ。古代エジプト人として現れた時、彼はその時代にいた。彼があさっての夢を見た時、彼はあさってにいた。なんだ、合ってるんじゃないか」
 滝田は思いついて付け足した。
「張り紙だが、ここの電話番号も書いておいた方がいいな。倉田さんからかけてくる場合もあり得る」


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