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作品名:眠れ、そして夢見よ 作者:時 貴斗

第19回   レム睡眠行動障害 四
   四

「ペルエムウスって何ですか?」と、青年は聞いた。
「あら、知らないの? 英語のピラミッドはギリシャ語のピラミスから来てるんだけど、ピラミスの語源については定説がないの。唯一の祖先と考えられる言葉がペルエムウス」
「最後のあれ、なんだったの?」
 滝田は美智子に聞いた。
「催眠術がきっかけでああなったって、先生言ってましたよね。きっと倉田さんは暗示にかかりやすい体質なんだろうと思って、暗示をかけたんですよ。次のレム睡眠行動障害まで一ヵ月も待たされたんでは、たまりませんからね」
「ふーん。うまくいくといいね」
 滝田は青年が持ってきたコーヒーをすすった。
「ヒッドフト王って、誰ですか」
 青年は、滝田が倉田氏に聞いたのと同じことを聞いた。
「ヒッドフトというファラオは本に載ってないわ」
 美智子もコーヒーに口をつけた。
「すごい。常盤さんは全部の王の名前を暗記してるんですか」
 青年は目を丸くした。
「ええ、本に書いてあったのは全部」
 美智子はなんでもないことのように言う。
「きっと歴史の教科書にも載ってないような、名もない王様だったんだろうよ」
「ええ、残念ですね」
「残念? と言うと?」
「もしも名のある王だったら、どのピラミッドを建造している最中か分かるから、倉田さんがいるおおよその年代が分かったかもしれません」
「少なくともスフィンクスとジェセル王のピラミッドよりは後だね」
 だが、そう言いながらも滝田は、倉田氏が現在どの時代にいるのかなど、些細なことだというような気がしていた。
 倉田氏は一体何者なのか。
 あの偉そうな口調の人物のことではない。今ベッドの上で再び昏睡に陥った倉田氏は一体何者なのか。その方がずっと重要な問題だという気がする。あきらかに、奇妙な睡眠障害になる以前の、ごくごく平凡な一般市民にすぎない人物とは違った存在に変わってしまっている。彼は一体何者なのか。
「先生が最後にした質問、あれは何です? どうしてあんなことを言ったのか、理解できませんでしたわ」
「え? ああ、自分の足を見ろってやつね。倉田さんの体を見たかったのさ。録画されてるはずだから、後で見てみるといい。腰布しか身につけていなかった。肌は褐色だったよ。ああ、首飾りもつけていたけどね」
「するとやっぱり、倉田さんは今古代エジプト人になっているんだわ。当時の一般的な服装です」
「そうだね。首飾りはつけていなかったけど、他の人達もそんな服装だった」
 美智子から借りた本の中にも、同じような格好の人物が描かれた壁画や像がたくさん出ていた。
「首飾りをしているということは、上流階級の人かもしれませんね」
 インド人については不明だが、これで御見氏とエジプト人については、確かにその人物になったのだということが、断言できそうだ。
「でも、常盤君が言うところの、現実的な解釈だとどうなるんだろうね。倉田さんは古代エジプトの関係の本を読んで、それが夢に現れた、ということになるんだろうか」
「それにしては情景が緻密すぎますわ。砂との摩擦を減らすために水をまくところまで再現されています。どうして倉田さんはそんなに古代エジプトのことに詳しいのかしら。それに本で読んだり、ネットで検索したりしたとしても、それだけであんなに鮮やかにイメージできるものかしら」
「ああ、まるで見てきたような風景だったな」
「見てきたんじゃありません。見ているんです。倉田さんが夢の中で実際に古代エジプトにいることは、確実です」
 倉田氏が古代エジプトにいることは認めるくせに、どうして前世とかいう言葉を出すと怒り出すんだろう、と滝田は思う。
 その時ふと、ある可能性に気づいてはっとなった。
「とすると、これは大変だぞ。彼は夢を見るだけで実際のその場に行ける。彼は歴史を変えることができる」
「なんですって?」
「だってそうじゃないか。彼は夢の中で研究室に現れ、そしてモニターを壊した。すると実際にモニターが破壊されてしまった。彼がエジプトで何かしでかしたら、それによって歴史が変わってしまうかもしれない」
 分厚い眼鏡の向こうで美智子の目が大きく見開かれた。


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