五
「つまりだ」 滝田は手帳を閉じた。 青年と美智子は、新たに分かった事実に驚いたようだった。美智子などは口が半開きになっている。 「こういうふうに考えられないだろうか。倉田氏は和田幸福研究所の催眠術によって、前世の記憶を取り戻した。倉田氏は御見氏の生まれ変わりだったんだ」 「そんな、非科学的な」 美智子が疑いの眼差しを滝田に向ける。 「倉田氏が御見氏になったことを科学的に説明するのが不可能である以上、たとえオカルトチックだとしても、そういうふうに結論づけるしかない。催眠術でよみがえった前世の記憶は、催眠を解けばまた脳の底へ封じ込められるはずだった。ところが、倉田氏の場合はそれがきっかけとなって、夢を見る時に自由自在に現れるようになったんだ」 「私はそうは思いません。倉田さんは何かの機会に、御見氏の生年月日や生前の様子を知ったのよ」 美智子がいつもの勢いで反論する。 「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、倉田氏と御見氏のつながりは薄いがね」 「先生は都合良く話がつながるように解釈しているんです」 「ああ、そうだよ。御見氏になる能力を獲得した倉田氏は、さらに先祖帰りを始めたんだ。御見氏の前世であるインド人へ、そしてそのまた前世のエジプト人へ。そう考えるとつじつまが合う」 「いいえ、全てなんらかの現実的な解釈があるはずです。安易に非科学的な考えを取り込むのは危険です」 「ではインド人になった時の怪力はどう説明する?」 「それは……」 美智子はつまった。しかし負けん気の強い美智子が、それくらいで引き下がるわけがなかった。 「それにしたって、高梨医師がそう言ったのを先生が聞いただけです」 「なるほど。高梨先生の嘘だという可能性もなくはないな。でもそうすると他の人達とも口裏をあわせておかなきゃならないね。看護師達も見たって話だよ。高梨先生はどうしてそんなことをするんだろう」 「こじつけよ。もっと慎重に検討を重ねる必要があるんじゃないですか? 論理の飛躍です」 美智子の言うことももっともだ。たしかに、こじつけであって、なんの確証もない。 「ひとつの考え方を言っているまでだよ。そうでなくとも不思議なことだらけなんだ。非科学的な推測であっても、なんらかの論理的な意味付けをしようと試みるのは、間違った態度ではないと思うんだがね」 「でも、証明のしようがありませんわ」 そうだ。何かが分かったようでいて、結局何も分かっていないのだ。しかし、科学というのはえてしてそういうものだろう、と滝田は思う。さんざん調査をやった上で、こういうふうになっているのではないだろうか、というひらめきが浮かぶ。そしてそのひらめきが正しいことを証明するために、さらに様々な調査や実験を繰り返す。実証さえできれば、初めて“分かった”といえる。しかしできずにいる間は、全ては単なる憶測にすぎない。 黙って二人のやりとりを聞いていた青年が口を開いた。 「次に倉田さんが起き出した時に聞いてみたらいいんじゃないですか?」 なるほど、それはいい考えだ、と滝田は関心した。だがしかし、すかさず美智子が反論する。 「どうして? 倉田さんは今古代エジプト人になっているのよ。エジプト人の時にはエジプト人の記憶しか持ってないんじゃないかしら。インド人や御見氏のことを聞いても、分からないんじゃないかしら。それに、先生の説だと倉田さんがこの部屋に現れたことが、説明がつきませんわ」 「そうだ。そこが一番の難問だよ」 御見氏からアジャンタなんとかいうインド人へ、そして現在ギザ、サッカラ付近をうろついている古代エジプト人へ、順調に過去へさかのぼっていた倉田氏が、なぜ突然現代の、しかもこの場所に現れたのか。そこが一番分からないところだ。 滝田は、これ以上議論しても無駄だと感じた。非難するばかりで自分のアイデアを出そうとしない美智子にもいらいらしてきた。 「まあいい。倉田さんが起き出した時に、インタビューしてみようじゃないか。彼はいったい何者なのか。どこから来たのか。とにかく、一気に全てが分かるってことは、あまりないもんさ」 「ところで先生、これはどうしましょう」 青年は破壊されたモニターを指差した。 「まあ、壊れたのがモニターだけでよかった。装置が壊されたらたまったもんじゃないからね。これは、すぐに代わりを注文しよう。新しいのが来るまでは、余ったやつを探してきてつなげとこう」 滝田はあらためて、破壊されたディスプレイと、床に散らかった破片をながめた。 「もういいだろう。現場保存しておいたところで、どうにもなりそうもないし。藤崎君、それ片づけといてくれる?」
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