四
翌朝出勤すると、玄関の前で待ち構えていたかのように青年が立っていて、滝田に手を振った。 「いやあ、大変なことが分かったんだよ」 「こっちも大変なんです」 青年が青い顔をしているのを見て、滝田は眉をひそめた。 「どうした」 「とにかく、来て下さい」 滝田は青年に引っ張られるようにして滝田研究室の前に行った。他の研究室のスタッフが何人か廊下に立ってなにやら話し合っている。入っていった滝田は室内の様子を一目見て唖然とした。 「こりゃ、いったい……」 大型モニターのガラスが、粉々に砕け散っていた。 「僕、昨日も徹夜してたんです。仮眠室で寝ていた時に、こうなったんです」 「いったい何が起こったんだ。泥棒でも入ったのか」 美智子が静かに首を横に振る。 「夢の内容が現実になったんだわ」 言われて、二日前に見た倉田氏の不思議な夢を思い出す。 「まさか。そんなことが」 「夜中の三時頃、眠くなって仮眠室に行ったんです。研究室の方ですごい音がして目が覚めて、戻ってきたらこうなってたんです。四時半頃のことです」 あらためて室内を見渡す。砕け散った破片が床に散乱している。他の機器には異常はない。 「なぜすぐに知らせなかった」 「起こしてよかったんですか?」 まったくのんきなものだ。 「僕、鍵をかけて出ました。ですから誰かが入りこんでやったのではありません」 「部屋の明かりはつけたまま出たの?」 質問の意図が分からなかったらしく、青年はきょとんとしている。夢見装置で見た映像は、明かりはついていたようだ。 「ええ、つけたまま出ました」 「すると夢見装置に映っていたのは、あの時のこの部屋じゃなくて、今日の夜明け前のここだったんじゃないかな。だとしたら誰も映っていなかったことも説明がつく」 でも、そんなことがあるのだろうか。夢の中でやった行為が、実際に起こるなどという現象が。あまりにも荒唐無稽だ。 ただ、もっと現実的な可能性がある。青年が嘘をついているのではないか。そんな考えが顔に出てしまったらしく、青年は慌てて手をふった。 「あ、言っときますけど、僕がやったんじゃありませんからね。音に驚いて研究室に行ったのは、笹瀬研究室の小池さんの方が先だったんですから。僕が鍵を開けて二人で中に入ったんですよ」 なるほど確かに、それだとモニターが破壊された時には青年は室内にいなかったことになる。 「そりゃ、完璧なアリバイだ」 明晰夢を見る人間は、ある種の方法によって、夢と同じことを現実世界でも起こすことができる。それは眼球運動だ。夢の世界で例えば上下に二回視線を移動させると、現実の目玉もその通りに動く。前もって、観察者との間で合図を決めておいて、夢の中でその通りに目を動かす。するとそれが眼球運動として記録されるから、思い通りに目を動かすことができたことが証明できるわけだ。 とは言っても、所詮その程度のことだ。夢の中でモニターを叩き割るとその通りに壊れてしまうというのとは、レベルが違う。 「先生の方はどうなんですか?」と藤崎青年が言った。 今度は滝田が質問の意味が分からず、一瞬思考が止まった。 「さっき何か言いかけていたじゃないですか。大変なことが分かったって」 目の前の不思議な出来事から、昨日知った事実へと、頭が切り替わった。
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