「ここ、私の部屋にしていい?」 「押し入れクローゼットがあるのは、この部屋だけだ。咲楽が使いなよ」 「ただのクローゼットで良くない?」 「またの名は、襖クローゼット」 咲楽が笑って言った。 「襖に障子の和室なのに畳じゃなくて床張り。何故だか判る?」 「さあ?」 「田舎のお祖母ちゃんの家と同じなの。布団の上げ下ろしが辛くなってベッドにしたの。その時に床張りにしたのよ」 「それで蒲団から洋服にした訳だ」 「天袋の掃除して、冬物を仕舞っとくわ」
海翔は脚立を持ってくると、雑巾で天袋を拭き始めた。と、古びた雑誌を手に降りてきた。 「ホコリだらけだ」そう言ってゴミ箱に捨てた雑誌に、咲楽が目を向けた。広告だろうか、若い男女が笑顔でジャンプしている。その下にGゼロの文字がある。 「この写真、どこかで見たような気がするわ」 海翔は雑誌を拾い上げた。Gゼロの下で背表紙が破れている。広告に違いないが、商品の説明が欠けている。写真を見るうちに幼い頃の記憶がよみがえってきた。 「幼稚園の頃、宇宙に興味があってさ。宇宙船の中は無重力でGはゼロって知ったんだ。それで2人は宇宙で浮いていると思った。今、考えると変だけど」 「私も思い出したわ。親戚の伯父さんが痔の手術したのよ。それが大変だったって親が話してたの。その様子から子供なりに、人前で話す事じゃないと思ったのよ。だから誰にも聞かずに、一人で考えたの。幾つもあった痔がゼロになって喜んでいるって」
「2人でまったく違うことを考えたんだ。本当は何だったか覚えてる?」 「判んないわ」そう言いながら、咲楽が考え込んでいる。「動画で見たような気がするの・・・2人がピョンピョン飛び跳ねて・・・」 突然、咲楽が歌い出した。テンポの速い曲だ。「Gゼロ、Gゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ。なんとかかんとかゼロになる」 「そうだよ!CMソングだ」そう叫ぶと海翔も歌い出したが、途中で止めた。「なんとかかんとか、って何だったかな?」 「そこが思いだせないのよ」
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