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作品名:Gゼロ 作者:織田 久

第14回   14 逆転
海翔はある疑念を持っていた。海翔の姓が丸源と同じ藤本なのは偶然だ。だが副町長はそれを知らない。丸源の話題になれば副町長は、それを確かめるだろう。ところが、一向にその質問はこなかった。副町長は丸源に詳しい海翔をその身内だと思い込み、町への復讐を恐れているのではないか?
ところが副町長にその様子はない。むしろ海翔の質問にきちんと答えている。海翔はそれが不思議だった。

「永山さんは以前に、裁判になれば町が勝つと断言されました。その考えは今も変わっていませんか?」
「もちろんだ。ゴキブリは藤本さんが持ち込んだんだ」
「僕の実家も妻の実家も、Gゼロを使い、その後はゴキブリは見ていません。そして両家ともに役所とトラブルはありません」
「町の全世帯にGゼロを配布し、北沢川の暗渠には多数を設置した。元根町からゴキブリはいなくなった」
「今、僕たちが住んでいる家は新築中だった。当然Gゼロは使わなかった。でも、すぐ横に古い家があった。そこからゴキブリが移ってきた可能性はあります」
「可能性だけで証拠はない」
「僕たちがゴキブリを持ち込んだ証拠もありません」

「あの家は2年間誰も住んでいなかったんだ。ゴキブリはいなかった」
「隣の蔵にいたのです」
「それは有り得ない。蕎麦屋は4年前に廃業した。ラーメン屋を始めたのは3年前だ。その間ゴキブリはどこにいた?」
「22年前ゴキブリは古い家から、新しい家に移った。浄化槽を通って蕎麦屋にも行ったでしょう。蕎麦屋が閉店しても新しい家には住民がいた。3年前に宝来軒にも移り、今年になって僕たちが越して来ると、ゴキブリも移ってきた。そう考えれば合点がいくでしょう」

「宝来軒には今もゴキブリがいると言うのかね?」
「いるはずです。確かめますか?」
「宝来軒がゴキブリを持ち込んだかもしれん」
「宝来軒を訴えるのですか?裁判になれば、元根町にはゴキブリがいる、と世間に公表するんですよ」
「いや、それは・・・」
「僕たちは移住契約を解除します。住宅に瑕疵があったからです」
「・・・」

「ですが、住宅と宝来軒にゴキブリがいるのは秘密です。だから僕たちは町に馴染めなかった事にします。移住支援金を返して引っ越します。ゴキブリも僕たちと共にいなくなれば、環境省は監視カメラを外すでしょう。その後、家を宝来軒に貸すんです。移住者ではないから家賃は倍でも喜んで借りるはずです」
「宝来軒はゴキブリの事を知っているのか?」
「知ってます。それでも宝来軒はあの家に住みたいのです。便利なだけでなく、上の子が来年から小学校なんです。今の町外れの家だと送り迎えが必要だけど、夫婦2人で店をやっていると迎えに行けません。あの家なら小学校から歩いて帰れます。そして、ゴキブリがいると世間に知られたら閉店ですよ。秘密は守るでしょうね、ウチと違って」

副町長は返事をせずに考えている。そして静かに口を開いた。
「住宅に瑕疵があった可能性が高い。だが、それは公表出来ない。申し訳ないが君の提案を受け入れよう。表向きは、君は急な転勤で引っ越すことになった事にする」
海翔は驚いて副町長を見た。彼は片手を上げて海翔を制すると先を続けた。
「移住は中止だ。移住支援金を返却してくれ。家賃は日割り計算にする。家賃半額は移住者モニターの名目だったからキャンセルだ。
引っ越し代くらいは町で負担したいが、最近は議会もうるさくてね。その代わりと言っては何だが、元根町100周年の文集に応募しないかね。君が調べた丸源と八幡川の事を書けば良い。丸源の1人息子は子供の時に交通事故で死んだ。蕎麦屋の親父も亡くなった。藤本家が断絶した今、丸源と町との対立を書いても問題ない。いや、書いた方が話が面白い。

小さな町の100周年だ、最優秀になっても賞金は無い。しかし、風向きが変わるだろう。事情があって移住を諦めたが、短期間で町の歴史を掘り起こした。その業績は立派で、元根町への愛着は移住支援金の対象にふさわしい、と町長が言い出すだろう。
締め切りは今月末で、その時点で町に住民票があればOKだ。最優秀と決まった訳ではないが、年寄の思い出話よりも評価は高いはずだ。ちなみに審査委員長は僕だ」


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