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作品名:Gゼロ 作者:織田 久

第13回   13 丸源
海翔は再び町役場に行った。副町長の永山氏は応接室に入るなり得意気に話し始めた。
「藤本さんの家賃の件はまとまりそうです。一部に反対意見もあったけど、私が抑え込みました」
「ありがとうございます。実は、今日は永山さんに教えて頂きたいことがありまして」
「ほほぉ、何でしょうかな?」
「八幡川の名を知ってますか?」
副町長の顔から笑いが消えた。
「そういう名前の川は元根町にありません」
「そうです、町の資料にも国土地理院の地図にも載っていません。公式の名前ではないからです。丸源が勝手につけた名前です。永山さんなら、その名を知っていると思ったのですが」

副町長がフーと息を吐いた。
「はるか昔の話ですな。今では私以外は誰も知らないでしょう。丸源は江戸時代に船運で栄えた。創業者は八幡様を信心し、北沢川の下流を八幡川と呼んだ。丸源はこの近辺を仕切っていたので、誰も反対出来なかったんでしょうな」
「やがて鉄道や道路が整備されると、船運はさびれ丸源は傾きだした。町は丸源を見捨て、用水路を作り米の増産に転じた。八幡川を暗渠にして、その名も川も消し去った」
「見捨てた訳ではない、丸源の没落は時代の流れだ。丸源が廃業して八幡川の名も消えた」
「40年くらい前の町の副教材には、丸源の繁栄ぶりが具体的に書いてあったそうです。でも、僕たちが貰った『元根町のあゆみ』の記述は『江戸時代の豪商』としか書いていません。丸源の子孫は不愉快でしょうね」
「それは、藤本さんの個人的な感想だろう」
「町は工場の誘致に失敗しましたが、工場を作るほど広い土地は、すでに田畑になっている。残っていたのは1ケ所だけです。途中の田んぼを少し潰し、玉川沿いの森を切る。そうすれば丸源の屋敷跡から玉川までの500mは、ほぼ平です」

副町長は海翔の顔を見た。海翔も目を逸らさずに見返す。と、副町長が静かに笑った。
「いや、まいったな。藤本さんは越して来たばかりで良く調べましたな。そうです、丸源と町は対立してた。工場予定地を買収しようとした矢先に、丸源が土地を宅地として売ったんです」
「蕎麦処みなもと、の開店はその時ですね」
「そうだ。土地が売れると直ぐに蔵の改造を始めた」
「蕎麦屋に永山さんは行かれましたか?」
「いや、行ってない。僕は課長になってね、蕎麦屋には行かれなかった」
「行かれない?」
「そりゃそうだろう。工場誘致を妨害されたんだ。丸源は町に喧嘩を売ったからね。通達が出た訳ではないけど、課長以上は蕎麦屋には行けない雰囲気だった。係長以下は行ってたよ、丸源の件は幹部以外にはマル秘だったから」

「蕎麦屋は繁盛していたんですか?「
「蕎麦は美味いと評判だった。隣町や東沢から来る客もいたくらいだ。親父さんが病気で倒れて廃業した、4年前だった」
「開店の時、今の家は建っていました?」
「建っていた。古い家と並んで建っていた」
「今の家は築22年、Gゼロを使ったのも22年前ですね」
「・・・そうだ。同じ頃だった」

「丸源は町に恨みを持っていた。その町が配布したGゼロを素直に使ったと思いますか?」
「飲食店をやっていたんだ、当然使うだろう」
「蔵には厨房は無かった。蕎麦屋の開店で設置した。新品の厨房にゴキブリがいるはずがない。Gゼロは使わなかったはずです」
「Gゼロを配ったのは蕎麦屋が開店する前だったかもしれない」
「問題なのは古い家です。直に取り壊す家にGゼロを使いますか?まして、喧嘩相手が持ってきた物ですし」
「我々はそういう事は考えない。Gゼロを渡せば住民は使う、それが大前提だ」


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