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作品名:セカンドプラネッツの邪馬台国論 作者:織田 久

第3回   3  魏使梯儁は会っていない 
中江典翔は微笑すると、市長の妻の言葉を無視して話し出した。
「出雲は海人による海洋国家だった。朝鮮半島との交易で栄えた国だ。当然ながら海外情勢に詳しかった。それは九州王朝も同じであり、邪馬台国も同じだった。卑弥呼が魏に使者を送ったのが238年だが、同じ年に魏が楽浪郡と帯方郡を支配していた公孫氏を滅ぼした。公孫氏は魏の臣下だったが、呉の策略にのり魏に反逆したからだ。一族とその臣下(一説には数千人)も斬首、遼東の成年男子7000人も虐殺された。卑弥呼はそれを聞いて震え上がったことだろう。
魏と呉は中国大陸だけでなく、その周辺でも争っていた。呉は倭国にも来ていた可能性は高い。魏に朝貢していた邪馬台国は呉の申し入れを断っただろう。だが、魏がそれを知ってあらぬ疑いをかけたら?そうでないにしろ、卑弥呼は魏に自分の居場所を明かさない方が賢明と思うだろう」

「『梯儁らを遺わし・・・倭国に行き、倭王に拝仮して』と記されています。梯儁は卑弥呼に会ったと明記されていますよ」
「それが第3の嘘だ。それは倭人伝の行程の記載から推測できる。帯方郡から不弥国までは道程順に距離が書いてある。これは梯儁の記録だ。その後、水行二十日、水行十日、陸行一月と日数表示に変わる。これは倭人からの聞き取りで、梯儁は現地に行っていない。そして行程の起点が変わる。直線上から放射状になるのだ。投馬国と邪馬台国の行程の起点は不弥国だ。博多から南へ水行なら十日、陸行なら一月と読み取るべきで邪馬台国は九州南部だ」
「あなたは邪馬台国が鹿児島だと言うのですか!?」
「ワシが言ったのではない。倭人が言ったのだ」

「女王国の南に狗奴国があります。男を王とし女王に属さない国です。鹿児島の南は海ですよ」
「陳寿はその地形を知らない。あるいは狗奴国を島国と思ったかもしれん。いずれにせよ、陳寿は邪馬台国は鹿児島付近と考えた。倭人伝にそう記載している」
市長の妻が考えている、と「あっ!」と叫んだ。そして早口で喋り出した。
「『その道里を計ってみると、ちょうど會稽の東治の東にあたる』。道里を日本語の、ことわり、ルールと解釈していました。つまり習俗のことと思っていましたが、それなら道理でした。道里なら道の行程の意味で、邪馬台国は鹿児島になります」

「倭人伝は主に3つの部分から成っている。帯方郡を出て・・・邪馬台国は七万余戸までが、1回目の梯儁の記述だ。その次の『女王国から北は・・・』からが2回目の張政(ちょうせい)で、邪馬台国の具体的な習俗、出来事が書かれている。女王国の様子を書いたのは張政で、梯儁ではない。間に挿入された魏と倭の使者の往来は魏の公式記録だ。

魏使の梯儁が直接、女王に天子の詔書・印綬を渡すのが当然だ。梯儁は女王国に行ったのか?女王が不弥国に居たのか?それを曖昧なまま女王に手渡したと嘘を書いた。梯儁とその通訳の2人が、不弥国の官と副官に会い詔書・印綬を渡した。そして秘密を守るため梯儁は通訳を斬った。死因は病か事故にでもしたのだろう。帰国して帯方郡の太守に嘘の報告をした。それが魏の公式記録となった。陳寿は不明瞭な梯儁の記述を信用しなかったが、魏の公文書は記載せざるを得なかった」
「そんな嘘が通るとは思えません」

「その四年後の244年、倭王は使者を遣わし、魏への献上品を持って帯方郡に来た。太守は通訳死亡のいきさつを使者に尋ねただろう。そこで梯儁の嘘が露見した。女王に直接、詔書・印綬を渡していなかった、それを魏に報告すれば大問題となる。帯方郡太守の弓遵(きゅうじゅん)は秘密裡に処理した。翌 245年の臣智の反乱で2人は戦死した。弓遵は梯儁を処刑し、自らも責任を取った」
「梯儁は死罪になると知っていながら、嘘をつくのは不可解です」
「想像でしかないが、梯儁は倭人の恐怖心に感じるものがあったのではないか。2年前の公孫氏討伐に、武官である梯儁も従軍していた可能性は高い。公孫を斬った後の大虐殺に、梯儁も加わっただろう。血塗られた剣を振り上げた時、無抵抗の人々の恐怖に満ちた目。それを梯儁は記憶の底に沈めた。その同じ目を倭人に見たのではないか。邪馬台国はどこだ?女王は何処に居る?と問われた時の倭人の目だ。梯儁はその目を見たくなかった。地獄の風景を思い出したくなかった」

市長の妻がフゥーとため息をついた。
「その想像は理解できますが、学説ではなく小説です」
「わはは、まぁ良いではないか。ワシは学者でも小説家でもない、ただのジジイじゃ」
「魏の天子は、公孫氏の裏切りに烈火のごとく怒ったと言われます。その戦乱の中、遠くから朝貢に来た倭国を非常に喜んだ。天子の詔書は非常に友好的だった。それを知った卑弥呼は驚き、喜んだでしょう。梯儁を呼び戻して会うべきでしたね。中江さんの言うように、会っていなければの話ですけど」


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